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可能性は必ずある!

考えてみたら先月(5月)で、在米26年になった。これは自分にとって人生の半分をアメリカで過ごしたことになり、これから先はアメリカ在住が続く限り、アメリカでの生活が長くなる。本当に気が付いてみるとアッという間だった。カリフォルニアには「カリフォルニア呆け」という言葉があって、季節感があまりない、極端に言えば夏と冬しかない=1年に季節を2回しか感じられないということで季節の変わり目を4回感じられる日本と比べれば1年の経過が半分に感じられてしまうというものだが、これは間違いなく当たっている気がする。
26年前の1988年5月、私は神奈川県の従業員100人に満たない町工場の駐在員としてアメリカに赴任した。当時の日本はベンチャー企業というのが、ちょっとしたブームで、たまたま自社で製作していたシステムが日本で大当たりし、海外も視野に入れた展開を進め、その一環として当時代理店をしていた三菱商事との合弁というかたちでアメリカにオフィスを構えることになり、営業メンバーとして乗り込んできたのがアメリカ生活の始まりである。


1988年、最初の会社のメンバーと共に。

アメリカに来て驚いたのは、「良いものは良い」という事を口座開設や保守的なしがらみなど関係なく素直に受け入れる市場のスタイルだった。三菱商事が担いでいたとはいえ、従業員100名にも満たない町工場の商品を、紆余曲折(特にローカライズ)はあったものの、当時はまだ通信業界の覇者だったAT&TやMOTOROLAなどが採用してくれたのだ。勿論、APPLEも、その頃はアメリカで生産をしており、興味を持ってもらったし、PC関連ではハードディスクのSEAGATEやWESTERN DIGITALにも納入、当時は、まだできたてのほやほや会社だったCISCO SYSTEMSにも製品を評価してもらった記憶がある。残念ながら親会社の失速により、10年後の1998年に会社は倒産、そのあおりを受けてアメリカ現地法人も清算を余儀なくされてしまい、帰る場所を失ってしまった自分は、そのままアメリカにとどまる決意をして今日に至っている。
自分的には、その時の経験から少なからず日本の技術や製品をもってすれば、シリコンバレーの先端産業に食い込みグローバルに展開できる可能性は十分にあると思っているのだが、26年を経た今でも、その気持ちは変わっていない。そんな思いもあり、何とか日本の中小町工場の皆さんに、その「気づき」を与えられればという事で、このBLOGを続けている(不定期だけど…)。

実は先般の日本出張では茨城県のひたちなか市で少しお話をさせてもらったのだが、参加してくれた企業の皆さん、さすが(というと語弊があるかもしれないが)日立のお膝元という事で、かなり面白い技術や製品をお持ちの会社が多いように感じた。特に自動車系、エネルギー系に関連したところも多く、うまくOUTPUTさえできれば可能性は十分にあると思った。
なぜなら現在の市場で注目を集めているのは、今まで何十年も大きな変更なく黙々と需要のあった自動車というものの在り方が根本的に見直される時期が来ている点、エネルギーでは石油依存からGREENTECHへのこれまた大きな変換期であり、世界的に省エネをどのように実現していくかという点だと思うからだ。 特に車に関しては昨年あたりから世界中の大手や新興国の企業が新しい市場を求めてすごい勢いでFOCUSしている。 そして、これらに関連したモーター技術や電池、電力関連の技術は日本が完全にイニシアティブをとっていた分野だ。

このようなニーズに自社の持つ技術や製品が合致するかを先ず見極め、うまくPRする事ができれば、必ず新しい展開ができる可能性がある。勿論その為のR&Dが一番難しいところだし、時間と金を費やさなければならないかもしれない。もし自社での展開が無理なのであれば、既存の国内のしがらみから抜け出し、新しい海外のパートナーを見つけてみる、またマーケティングやセールスのプロに任せるというのも作戦だ。 真剣に考えてみる価値は高いと思う。

最近、拝読させていただいた中小企業の状況に詳しく「ものづくり」にも精通されているサムソン電子元常務の吉川先生の著書のなかに「現在の日本のものつくりにおいては、<つくり>が前面に出てしまい<もの>に精通していない事が多い…」という内容があったのだが、自分も全く同感。要はこのブログでも再三取り上げてはいるが、とにかく需要のある「もの」を見つけ、それに立脚した「つくり」を実現することが肝要!それによって「可能性は必ずある!」と自分のシリコンバレー生活26年からの経験則ではあるが、あえて断言したい!

付加価値を考えてみる。

自分が子供の頃(だいぶ昔の話になるが)、進駐軍に勤めていた母がよく「会社のアメリカ人たちはみんな日本のコーヒーは美味しいって言うのよ。アメリカのほうがコーヒーは一般的なのにねぇ…」、とよく話していたことを覚えている。兵隊さんたちが日本の店に入って飲むコーヒーの事を多分言っているのだと思うが、確かに喫茶店のコーヒーといえばサイフォンで淹れられた本格的(?)なもので、当時の喫茶店には、普通のコーヒーのほかに薄めに入れられたアメリカンコーヒーというのがあったと思うのだが、勿論、味的には圧倒的に普通のコーヒーのほうがRICH(自分も喫茶店でバイトをしていた際に普通に淹れたコーヒーにお湯を足して薄めて量を増やしてアメリカンコーヒーとして出していた)なので、アメリカから来た兵隊さんたちが普段飲んでいる、お湯に味(というか色)がついた)ものと比較すればRICHなコーヒーは美味いと思うのも当然だろう。

自分がアメリカに来た25年前はその逆で、レストランなどで飲むコーヒーが、どこで飲んでも不味いのに閉口したものだ。おまけに当時はアイスコーヒーというものは存在しなかった。レストランでアイスコーヒーを頼むと「アイスコーヒー???」とウェイトレスに怪訝そうな顔をされた。それでも日本でアイスコーヒーを堪能していた自分としては「じゃあコーヒーとアイスを持ってきて」と言って無理やりアイスのグラスにコーヒーをいれてみるのだが、当然あの薄いアメリカンコーヒーがICEでさらに水っぽくなって美味しいはずがない。ウェイトレスがイメージしていたのは、正にこれだったので(というかそれしか知らない訳なので)、美味くないものをなんで頼むんだろう??という事で「こいつ変わってる」と思われても仕方がなかったわけだ。

ところが1990年代前半にシアトルで80年代からエスプレッソコーヒーを主体にしたコーヒーショップを展開していたターバックスが上場を機に全米中に普及しはじめ、瞬く間に市場を席巻したばかりでなく、コーヒーの常識も変えてしまった…。日本では昔から普通に飲まれていた濃いコーヒーとバリエーションをもったアイスコーヒーの数々でアメリカ人を虜にしてしまったのだ。
余談になるが、シアトルに行くと、どんよりと天気が悪く、いつも寒いという印象(こんな気候だから外で派手にするアクティビティより家にこもってもできる娯楽が中心になって、ソフトのエンジニアも育ちやすくMSのような会社が育ったんだな~何て個人的には考えてみたりしてます…)、そんな中で夜間のドライバーたちは眠気を覚ますのに濃いCOFFEEが必要だったのだろう。当時(80年代の終わり)に出張に行くと、給油に止まるガソリンスタンドには必ずエスプレッソコーヒーとカプチーノが販売されていた。この環境が同社のもともとのモチーフになったのかもしれない。

さて、だいぶ昔の話をだらだらと書いてきてしまったが、今回言いたかったのは、付加価値を考えてみるのはどうか?という事だ。実は2年前から携わっている三菱のプロジェクト、日本では既に当たり前に使用されているインバーターエアコンを本格的にアメリカ(メキシコ)で生産し、市場に食い込もうというもので、これがかなり大当たりしている。既に業務用のエアコンに関しては昨年より供給が追い付かない状態。この流れをさらに一般家庭用に普及させていこうという計画だ。
アメリカの空調システムはご存じのようにセントラルエアーコンディショニング(HVAC)。部屋の大きさも然ることながら一か所でコントロールされた暖房・冷房を各部屋に分配するシステムなので、人のいない部屋まで暖めたり冷やしたりと不効率な事この上なく、加えて本当にコストがかかる。電気代やガス代が安かった昔ならまだしも、下手に暖房を消し忘れて外出などしようものなら、数万円の電気/ガス代は当たり前だ。そこに目をつけ、最新の技術を駆使して、各部屋の温度調整を可能にするデバイスを開発し、これをスマートフォンでコントロールするという付加価値をつけて大成功したNESTがGOOGLEに巨額で買収されたのは記憶に新しいが、今、その根本をインバーターエアコンによって各部屋の温調を自動で制御するという付加価値を持った製品で席巻しようとしている三菱をはじめとした日本勢も、特に新しい開発(勿論、アメリカ市場向けのローカライズ必要になるが)を施すまでもなく、新たな市場開拓を実現できると思われる。考えてみれば先にこのブログで日本の家電の可能性について書いたことがあるが(2012年8月「家電があるじゃないか!」)、ダニを吸い取る掃除機、ビタミンを増やす冷蔵庫等々、可能性のあるものは、たくさん存在すると思う。

スターバックスは今まで変化のなかったコーヒーの常識に、味の濃さとICEコーヒーのバリエーションという付加価値をつけて大成功した。NESTも同様。そして日本の家電メーカー各社も三菱のように、アメリカの大市場に食い込むここが十分に可能な感じがする。
同じように中小町工場の既存の製品や技術の数々も、少し見方を変えたり、市場を変えてみたりすれば少なくともアメリカでは常識と思われていることに付加価値として加えられるレシピがたくさんあるように思えてならない。もちろんそれにはこちらの市場をリサーチすることが重要になるが、ぜひそういう見方も加味して視察や調査などをしていただくことをお勧めしたい。

「技術は売れてこそ価値がある」という認識

2月と3月は、日本の中小町工場の若手オーナーたちをはじめ、JETROでお手伝いしているイノベーションプログラムの参加企業、そして若きメーカーズのリーダー達など多くの方々と会い、色々と意見交換させてもらった。自分にとっても、ものすごく勉強になる話をたくさん聞けたばかりでなく、これからの日本の将来に対し海外にいる自分たちはいったいどのような応援ができるのか?何を持って貢献できるか?という自分の志のヒントになるような内容も数多く含まれていた。
そんな中で強く思ったのは、以前からこのブログで何回も触れている「技術は売れてなんぼ」つまり「技術は売れてこそ価値がある」という認識の重要性だ。
以前、自分のメンターでもある方との会食の際に日本の製造業の行く末において、この言葉を伺い自分も激しく同意すると共に、このあたりの意識改革が重要という事で大いに盛り上がり、それ以降、事あるごとに表現を変えて、この認識を主張してきたのだが、今回、製造業に携わる色々な皆さんの話を聞いて、これは「もっとストレートにも主張すべきだ!」という思いを新たにした。

以前、日本で航空宇宙関係や原子力関係の仕事に携わっているような高いレベルを持つ日本の町工場の皆さんの視察のお手伝いで、シリコンバレーの板金、切削加工を行っている工場に案内したことがある。中国人経営のその工場は、お世辞にもきれいとは言えず、日本ではもう見なくなってしまったような古い切削機や旋盤を使用し、もちろん5Sなどとは無縁の環境で作業をしていて、現場を見た皆さんからは口々に「よくこんな工場に発注するお客さんがいますね…」、「製品の仕上げはかなりいいかげんですね」、「品質の基準はきちんとできているんでしょうか?」など口々に言いたいことを言っていた。しかし、実際には半導体製造機器の大手アプライドマテリアルやインテルからこの工場は仕事を取っていたのだ。 つまり彼らのスタンダードでは重要と位置付けられている5Sや過剰品質は、業界の最大手で先端を行く企業から仕事を取ることには、あまり関係がないという事を裏付けていたわけである。
そして、この話には続きがあって、あまりにもお連れした皆さんが、「うちのものづくり技術なら何でもできる」的な主張をするので、この工場の中国人社長に「彼らは凄く難しいものでも作れると言っている。もし何かオタクの技術や設備で不可能な製品の依頼がきたら彼らに依頼してみてはどうか?」と話したところ、果たして後日その工場長が、少しばかり複雑な曲面加工のある大型の切削部品の依頼をしてきた。そこで、先の視察に参加した工場5社に投げたところ、結論はというと結局できる会社は一社もなかった…。確かに技術的にできる会社は2社ほどあったのだが、価格は途方もなく、納期も全然要求には合わないものだった…。
この結果から見るまでもなく、どんな素晴らしい技術があっても条件がそろわず売れなければ価値はないのだ。

お手伝いをしているJETROのイノベーションプログラムに採択された企業は、25mのプールにコップ一杯の液体を入れてもその成分を解析してしまう、吐息からその成分を解析しガンを告知できる、そして次世代の金属結合方法で、従来の冷却装置(ヒートシンク)の概念を変えてしまう新しいヒートシンクや熱交換器の従来サイズを数十分の1に縮小できるなど、とにかく聞いていてワクワクしてしまうような技術をお持ちなのだが、当然、先ずマーケットがあることが前提になるし、その技術が適正な価格でニーズに確実にマッチするかといったような、いくつもの要因が必要になるわけで、これらがクリアされなければ製品は売れない。やはり技術は「売れてなんぼ」なのである。

かたや今回話をしたハード系スタートアップの若者たち、例えばMoffの高萩君の製品は独自の技術に立脚したものではなく、極端な言い方をすれば、あるものを組み合わせたイメージが強い。ところがその組み合わせを独特の感性とマーケティングデータによって具象化し、さらにワイヤレスとウェアラブルという最新のトレンドをつなげる事によって、あっという間にクラウドファンディングで$70,000近い資金を集めるような有望な製品に仕上げている。つまり現状では、このようにマーケティングオリエンテッドという状況が明白なのだ。

それだからこそ、中小町工場の皆さんで独自の技術や既にオリジナル製品を持っているのであれば、売りこめる市場を見出し、それに関するデータを集めR&Dによってさらに洗練し、そして最近のトレンドにもうまく立脚させることが可能なら、技術的には十分アドバンテージがあるのだから、とてつもない製品や商品が生まれるチャンスがあるのではないか?とさらに強く考えるに至った次第である。
つまり「技術は売れてこそ価値がある」という認識を新たに肝に銘じることによって、マーケティングを基軸とした戦略を考えて、是非、新しい可能性に挑戦してもらいたいと思うのだ。

作品を製品にするアセットで世界から再び仕事が獲れないか?

GOOGLEによる3,200億円という途方もない金額によるスマート火災報知器とサーモスタットのNEST買収のニュースは、このブログでもたびたび取り上げているが一昨年あたりから盛り上がってきたメーカーズブームに一挙に油を注いだようだ。今では本当にありとあらゆる分野、市場でハードウェアーのスタートアップが増殖中。これはアメリカに限らず、イギリスやアジアにおいても顕著である。確かに3Dプリンターや開発ツールが気軽に利用でき、そこで製作したプロトタイプによってクラウドファンディングで資金集め、という流れはもはや完全に主流になってきているし、加えてこれらのアイデアをさらに昇華させて、製品の量産化から箱詰め出荷までをも含めたトータルなサービスを供給するところまで出始めている。
しかしながらせっかく優れたプロトタイプを作り、クラウドファンディングによって資金を調達しても、それを実際の製品化する際にアッという間に使い果たしてしまい現実には日の目を見ることがないままに終わってしまうという例も昨今はだいぶ出始めているようだ。 製造とは、各人がアイデアによって作り上げたプロトタイプ(作品)をいかに製品にするかという事。言い換えれば趣味で作って10万円かかった作品を、一般に広く売れるように一個1万円の製品に作り上げていくためのプロセスのことだ。ここが実は非常に難しい。ただ単に作ればいいというものではなく、同じものが寸分の狂いもなく出来上がるための行程の管理や、どうやったら歩留まりを向上させて最小限の費用で製品を作るかという製造技術、生産技術、加えて製品がきちんと機能するための品質管理というプロセスも不可欠になってくるわけで、当然、想定外の金もかかるし、しっかりした管理体制も不可欠になってくる。このあたりが果たしてアイデアで資金を集めた彼らハード系のスタートアップがしっかりマネジメントしていくことができるのか?つまりモノづくりの経験のない中で対応が可能かというと、ここが一番難しいポイントであるという事が容易に想像できる。

 家電で世界を席巻していた70~90年代の日系大手の家電メーカーは、ご存じのように、この製造技術の天才集団だった。優れたものを量産するための人事体制の構築、そのプロセスに必要なファクトリーオートメーションの機械を独自に開発し、3Sやカンバン方式といった歩留まり軽減のための教育やシステムの確立。世界中の大手メーカーがその方式を取り入れ、台湾韓国のメーカーはその生産技術と管理体制に追いつくのに必死だった。かつてこのブログでも書いたことがあるが、量産工程を海外に移管し、自らの製造をほとんど辞めてしまった日本勢は、韓国台湾の列強の前に倒れ今は完全に立場を失ってはいるが少なくとも、これらの大量生産時代に優れた製造技術や品質管理、を支えてきたのは彼らと共に頑張ってきた中小町工場だったと思う。そして彼らには、これらの大企業を下支えしてきたものすごい量の「経験という本当に素晴らしいアセットが眠っている」とシリコンバレーでハード系のスタートアップで奮闘しているWHILLの水島君が話していた。彼らはマーケットをアメリカにフォーカスし営業拠点をこちらに設けているが製品の開発は全て日本。その理由は「お願いしたものを、確実に短時間で時間で作り上げる」これら中小町工場の存在があるからだという。
 自分もその通りだと思う。彼らの持つ経験のみならず、「この部分をこう曲げたら強度は倍になる」「このアングルをさらに大きくすればスペースをさらに縮小できる」といった技術的なノウハウ、そして親元(大手企業)からの徹底したコストダウンの要求に対応するための生産技術や品質管理能力など本当に素晴らしいアセットの宝庫だと思う。
 

このアセット、何とか、彼ら新興のハード系スタートアップにうまくコラボレーションできないだろうか?実はしたたかな中国台湾系の企業(特にEMSメーカー)は、このあたりの需要を見越して、こちらに会社を作り、クラウドファンディングで資金を集めているスタートアップにダイレクトに営業を仕掛けているようだ。さすが商売に抜け目のない連中。その速さがまさに今の市場の流れにマッチしている気がする。でも今からでも全く遅くはない。日本の中小町工場も昨今少なからず、組合やグループを作ったり商工会議所で集まったりして、横の連携を強めていると思う。是非その中でうまく作品を製品に仕上げられるチームを作って日本だけではなく世界に営業を展開してみてはどうかと思う。

特に日本として狙うべきところは”試作”の部分だ。単的に言ってしまえば試作とは何度もキャッチアンドトライが必要なプロセスであって、ここに金がかかる。この部分を経験という膨大なアセットでカバーし、最短で最高の製品に仕上げるというのが売りだ。今でも日本の中小町工場では、この”試作”という市場に依存しているところが多いと思う。つまりこの工程においては現役のプロフェッショナルがたくさんいるはずだ。 現状は個々がそれぞれ部品レベルで部材を作っているのが基本だと思うので、これを板金、成形、基板実装、など各分野のプロが集まりコーディネートして一つの製品に仕上げるチームがつくれれれば最高だ。量産は極端な話、コンスーマー商品の宿命上、価格競争に巻き込まれるだけなので、最初から潔くアジアの量産工場に任せればよい(そこが上述の台湾、韓国のメーカーの狙いどころだと思う)。いかに効率よく量産が可能になる製品を試作の段階で完成させられるかは、間違いなく大いにPRできるし、加えて、それが量産化になった時の品質管理を含めたアドバイズまでカバーできれば立派なビジネスになると思う。

実はこのような動きは既に大阪府をはじめ東京の墨田区などで始まっている。できれば全国的なアクションとして、各都道府県別に産業のカテゴリーで特徴を出すなど十分に盛り上がれる可能性もあると考えられる。そして行政も巻き込んでの資金投下が可能になれば、この莫大なアセットで”試作立国”として再び世界の潮流を日本へ取り戻すことも可能なように思えてならない。

今すぐアクションプランを考えてみてはどうだろうか?

 

2014年は考える年だと思う!

遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。

昨年後半の話になるが、ゲーム会社大手のSE社のこちらの代表を務める友人と食事をした。その際、彼からスマートPHONEのおかげでゲーム業界の状況は一変してしまったとの話を聞いた。
今ゲーム(アプリ)の購入は、これら端末でのダウンロードが主流。ダウンロードされるGAMEもTOP10の殆どが従業員も10人未満の小さな会社だという。かつて大手ゲームソフト会社は資金力があり、ゲーム機器のハードウェアとタイアップすることで最初からかなりの販売数を確保できたが、いまではその構図も崩れ、おまけに価格もタダ同然のものが増えてきたので、何十億もかけてゲームを開発しても、その回収が容易ではなくなっているとの事だった。勿論日本ではガンホー、DeNAなどゲームで業績を伸ばしている会社も多いのだが、既存の大手にとっては非常に厳しい戦いを強いられているようだ。
また年末に、アドバイザーを務めるJETROのイノベーションプログラムの忘年会があり、同じアドバイザーのKさんから日本の状況についてのお話を伺った。Kさんは、かつて日本の大企業に勤務。その後スピンアウトしてシリコンバレーで起業し、日本人起業家として初めて自社をNSADAQに上場させた人物であり、現在は3社目の会社を立ち上げ運営している。彼曰く、この先日本の大手が生き残る方法はCARVE OUTしかないという。つまり、大手を分社化し、採算性の取れる事業に集約していくという事だ。Kさん自身の経験もあり、また自分自身、大手の日本メーカーとの付き合いで、事あるごとく同じような感じを受けていたので非常に共感できた。確かにこの先の成長分野である電池やモーター、また代替エネルギーの市場で非常に実力のあったSANYO,PANASONIC, SONY、SHARPは、コンスーマー分野立て直しの為に、新規の開発費などを潤沢に供給できない状況にあると容易に想像できる。これでは国を挙げて、これらの分野で世界の覇権を狙うアメリカ、そして韓国、台湾をはじめ、インドや中国の新興勢力のとの戦いに勝ち抜いていけるのだろうか?そうでなくとも人材を中心としたリソース自身、既にすごい勢いで流出している現状がある。なので大手はこのような状況を今こそ熟考し大ナタを振るうべきだと思う。

昨年聞いた、これらの話に殆ど関連性はないのだが、考えるに今年は大きな変革が必要な時期であり、少なくともそれに気づいてどう動いていくかを考えるべき時期ではないのかと思う。今までの大手偏重のスタイルは少なくとも大きく変革していくのではないか(というかそうならないといけない)?また、これらの既存大手と仕事をしている中小町工場も、それに気が付いて何らかのアクションを真剣に考える時期に差し掛かったのではないか?間違いなく大企業はそのまま残るであろうし、そこからの仕事は継続するかもしれない。しかしながら最近の円安傾向は、何となく儲かって景気が良い雰囲気を醸し出してはいるが、明確な成長戦略を打ち出せないアベノミクスのもとで、この先も、この雰囲気が継続するのだろうか??株価に関してもリーマンショック以来、確実に景気回復している諸外国の中で一向に明確な回復の兆しが見えない日本の株式市場においては、投機目的の諸外国からの買いが増えて商い額は増大する可能性は十分あるが、これは決して実体経済の裏付けとは言えないと思う。このあたりをよく考えなければならない。

2014年は、上記の話を例とすれば、個の活躍が著しいゲーム業界、そして今や手かせ足かせで大きな鉄の球をずるずると引きづりながら歩いているような牛歩状態の大手家電メーカーに依存しない中小企業やスタートアップが活躍するフィールドが間違いなく広がってきていると思う。言い換えればこのチャンスに、どのように考え行動していくか、このあたりを繰り返すようだが真剣に考える年にするべきだ思うし、ここで考えるか考えないかで大きな差ができてくることは明白のような気がするのだ。

という事で最初から相変わらずまとまりがないですが、何か気づきやグローバル化のきっかけになるような話題で今年も行きたいと思います。一つ宜しくご笑読お願いします。

シンポジウム、コマ、そして考えたこと。

またまただいぶご無沙汰してしまいました(どうもスミマセン…)。
先月になるが、東京の八王子で開催された「日本再生シンポジウム」の一つのプログラムに参加してきた。このシンポジウム、「世界の潮流を再び日本へ!」というテーマに基づき、日本の中小企業がグローバルに展開するための気づきと、約11万人の学生を有する八王子市が、今後の隆盛のためにそのリソースをどう利用していくか?という目的で開催された。自分はその中の「中小企業のグローバル展開」というプログラムにパネリストとして参加したのだが、正直なところ時間切れのために言いたいことの半分も言えずに終了してしまった。勿論それは残念だったのだが、果たしてどれだけの人が、このイベントを通じて本気で海外展開、もしくは海外から真剣に仕事を獲ってやろう!という志を持ってくれたのか?そこを是非確認したいと思っている。

さて、このシンポジウムのプログラムの一つに「コマ大戦」というのがあった。これは最近日本の中小町工場が中心となって自分たちの技術を結集し、長時間回転し続け喧嘩に強いコマを製作し競い合うことを目的に開催されている競技会で、業界ではかなり盛り上がっているイベント(ホームページはこちら)で今回もかなりの盛況だった。
実はだいぶ以前からこの大戦については知っており、これがいかに日本の製造業の隆盛に役立つのか?このあたりに関して言及したこともあったのだが、結論として技術の隆盛ではなく日本中の製造業同志のネットワークの一環としては、意味のあるイベントという事で納得していた。

ところが今回、ある記事をみて驚愕した。それによれば、あるアメリカの技術者が、独自の技術で長時間回り続けるコマを開発し、これを商品化すべく、クラウドファンディングの老舗であるKICKSTARTERで何と500万円近い投資を受けたというのだ。これは正にコマという商品をブランディング化し、ビジネスとして昇華させた事例である。

どうしてあれだけ盛り上がっているコマ大戦の中からこのような、グローバル化にフォーカスしてまずアクションを起こす会社(もしくは個人、団体)が出てこなかったのだろうか?この大戦に参加している参加者の技術力をもってすれば、世界一長時間回り続けるコマなど問題なく作れるはずなのに(と思いますが…)。。。今回参加したシンポジウムも、テーマは「世界の潮流を再び日本へ」であり中小町工場がグローバルに活躍すための「気付き」の為のイベントではなかったのか…?

さらに考えてしまったのは、きっとコマ以外にも本来であれば上手にマーケティングを駆使しビジネス戦略を構築すれば世界に冠たる優れた製品(や技術)がまだまだ日本にはたくさんあるのに、これらをビジネスとして昇華できない日本の中小町工場の現状がここにあるということ、つまり酷な言い方をすれば日本の「ものづくり」というのは単に自己満足の粋を出ない「作品(もしくは日本でしか価値を発揮できない製品)」という位置づけでしかないものがほとんどではないか?という事である。

正直、非常にもったいないし残念な事だと自分は思った。

実はこんな批判的なことを書いている自分にとっては、今回のこの記事は、それくらいショックだった。マーケティングの重要性は以前から再々にわたり、このブログでも書いてきたことだったし…。 もしかしたら今回のシンポジウムへの参加者も含め、今の日本の中小町工場は「将来はわからないが、今は何となく食えてしまっている」という現状からくる余裕から、実作業ではない一見付加価値を生まないマーケティングやビジネス戦略に対する意識をそいでしまっているかもしれない…などとも考えてしまった…。

余計なお世話かもしれないが、本当にグローバル化を考える志があるのであれば、とにかくまずこの部分にしっかりと「気付いて」もらわなければならない!

ロバート清崎の「金持ち父さん、貧乏父さん」というベストセラーの中に彼が講演の際に「マクドナルドより美味しいハンバーガーを作れる人は挙手をしてください」という問いかけをすると、会場の多くの聴衆は手を挙げるのだが、そのあとに「では、なぜそれをビジネスにしないのですか?」とさらりと質問するくだりがある。
今の日本の中小町工場の「ものづくり」はマクドナルドより美味しいハンバーガーを作れる事と同じ(本当に美味しいかどうかも最近ちょっとわからなくなってきたけど…)だと思う。それをどうビジネスにできるか、実はそこが一番重要なことだ。
せっかく凄いものが作れるのだったら、時間をみつけて少しでも考えてもらえたらと思う。

中小町工場と若手メーカーズの協業に新しい可能性が見えてきた!

先月の日本出張では、日本の若い製造系のスタートアップ企業2社を訪問、そのメンバーたちと色々な話をしてきた。昨年からブームになっているMAKERS革命と、それをつかさどる3Dプリンターをはじめとした数々の製造設備は機能も多様化し、価格もどんどんリーズナブルになり、またこれらが設置されたLABなども増えて、本当に手軽に子供の頃の工作感覚でものづくりができるようになった。そんな環境によって、メチャクチャ面白く可能性のある沢山の商品が、クラウドファンディングのWEBサイトを賑わせている。

このような新しい流れに呼応するかのように活動をしている1社がWHILLだ。30代前後の若手を中心としたこの会社はいづれも大手自動車メーカーや家電メーカーをスピンアウトした若者たちで構成され新しい電動型モビリティの開発にいそしんでいる。彼らの東京、町田の郊外にある工房、貸店舗を改装しただけのガランとした場所で、試作機を前に発泡スチロールを削り出して作った部品のモックアップを組みつけ、その取付位置に喧々諤々と意見を述べ合っている様相は非常に熱気が感じられた。製品自身も既にプロトタイプがリリースされ評判も上々だ。
私は彼らを見ていて、今から25年前、初めてアメリカに来た時に携わったSONYのメキシコ工場進出プロジェクトを思いだした。当時、飛ぶ鳥を落とす勢いでアメリカのTV市場を席巻しつつあった同社は、その供給体制を確立すべく、メキシコボーダーの町ティファナに大規模工場を建設。その立ち上げに来ていた当時のエンジニアたちは、皆、熱気があって、ひとつの目標に向かって一丸となっている様子が強く感じられた。自分も若かったからだと思うのだが、そんなプロジェクトにVENDERとして携わっていたことが非常に嬉しかったし楽しかった。
90年代から2000年代の前半までは分工場も併せて従業員も5,000人以上だったこの大規模TV工場も2007年以降は急激に縮小し、2011年には工場ごとFOXCONNへ売却されてしまった。
売却前の工場の雰囲気は非常に活気がなく、たとえが良いかはわからないが末期のベトナム戦争のごとく、何のためにTVを作っているのか、誰もわかっていないような感じだった。
実はSONYだけでなく韓国、台湾勢の猛攻に、なす術もなく打ち負かされてしまった自分が訪問している日本の大手家電メーカーの殆どの製造現場に残念ながら、このような目標を失った雰囲気が漂っている。それに慣れてしまった感があった自分にとってWHILLの連中の熱気と情熱は非常に嬉しかったし、自分への励みにもなった。 そして、これからはこういう新しい製造業のスタートアップが、最初からグローバルに発想し世界を獲るために、クラウドファンディングやオープンソースといった最新のスタイル(技術)を駆使して邁進していくであろうと強く感じた。

もう1社はオリィ研究所。代表の吉藤君は、自分の原体験をモチーフに独自で遠隔コミュニケーションロボットを開発。学校にいけない子供たちが授業に参加したり、高齢者が彼らのコミュニケーションの手段として気軽に遠くにいる孫を会話をることを可能にしたりできる身体的障害や距離を克服するための新しいツールとして注目を集めている。 彼自身とも色々と話をしたのだが、本当に無垢で純粋。加えて明確なミッションで、この製品の開発に従事している姿勢には感激した。
そして、このオリィ研究所の製造におけるアクションが実は非常に興味深い。彼らのマニュファクチャリングを町工場がサポートしているのだ。 墨田区の代表的な町工場である浜野製作所が、まさにインキュベーション的に彼らにスペースを貸出し(居住場所まで)、そこで彼らの持つ経験とものづくりのノウハウで吉藤君の製品を、より精錬されたかたち(デザインではなくコスト的、生産効率的に無駄のない)にしていこうという試みだ。当然、試作だけでなく量産プロセスも横の連携のつよい町工場が一丸となって協力すれば、よりレベルの高い商品に仕上がっていく可能性は非常に高いだろう。

この若手のメーカーズ達と町工場のコラボレーション、かなり期待できると思う。もともと下請けという体質からマーケティングや開発機能に乏しい中小町工場にとって、彼らの存在はオリジナルの製品を作るという意味では非常にポテンシャルがあるのではないか?そしてメーカーズ達にとっても、製造という彼らが持たない経験、たとえば「ここの曲げ構造をL字にすれば同じ材質でも強度が増す」とか、「この部分は削り出しより板金で作ったほうがコストを軽減できる」というノウハウによって製品の製造効率化と品質確保、そしてコストの軽減が実現させることができると思う。

このような試みの中継ぎとして、既に株式会社リバネスが、新しい事業展開としての活動をスタートしている。 また八王子市の中小町工場の有志たちが地元の東京工科大学と連携し、世界の潮流を日本へ向けさせるべく、中小町工場の復権とハード系の学生起業家達と彼ら町工場をコラボレーションさせるイベント「日本再生シンポジウム」を計画し、このような流れに弾みをつけようとしている。特に日本の場合、各県に国立をはじめとした各大学、そして多数の中小企業が存在する。彼らが独自にこのような方法で、お互いに足りない部分を補い、資金的な面では地元の有力企業だけでなく行政なども巻き込みながら形態を作っていけば大手に頼らず新しいスタイルの製造業を創生していくことは十分に可能なはずだ。
そして夢のある若手を育成する意味でも我々のような経験のある人間がこれらのバックアップに尽力を注ぐことは重要だと思うし、中小町工場も変なこだわりを捨ててオープンマインドで、このような試みに門戸を開いていくことが、新しい製造業の復権とグローバル化につながっていくのだと思う。

製造を辞めると色々ダメになる…。

少し古い話になってしまったが6月に日本へ出張し開催されていたJPCAショウを見学してきた。この展示会はプリント基板、および実装に関する展示会で自分の業界であったことから早いもので30年近く毎年欠かさず足を延ばしている。
正直なところ、2009年のリーマンショック以降、このショウの規模は年々縮小。そして昨年あたりから日本のメーカーだけでなく、韓国、中国、台湾メーカーの出展が非常に顕著になってきている。特に今年は、その印象が非常に強かった。
1980年代、TVを中心とした家電製品において大量生産を実現していた日本企業の勢いは凄まじいものがあり軽く世界を席巻していたと思う。そうした生産をささえていた生産技術、製造技術、そしてそれをサポートする品質管理技術は大量生産のおかげで、これまた世界最高峰の技術を誇っていたし、それをつかさどる生産設備も日本製が完全に世界のデファクトスタンダードだった。
その当時、日本に追いつくことが目標だった韓国勢は、その技術をどんな手を利用しても習得することがまさに死活問題であり、自分が働いていた検査機器メーカーにも「部材と人件費の安い(当時)韓国でノックダウン生産をしませんか?」というアプローチでその触手が近づいてきた。結局自分のいた会社はその話に乗って全てをむしり取られる結果になってしまうのだが、このプロジェクトの責任者として(まだ20代の若造だったけど…)1986年と87年に韓国のサムスンの総本山である水原にあった生産技術研究所に常駐していた自分が目にしていたのは、日本の実装機や半田槽、検査機等にアリのように群がってリバースエンジニアリングをしていた、大学を出たばかりの兵役を免除されるほど秀才の若いエンジニアたちだった…。
その後、韓国勢は、このサムスンに限らずLG,HYUNDAI共々、自分たちの生産設備は自分達で開発し、それを使用することにって設備投資を抑え、タイムリーに優れた商品を開発して世界の市場を席巻していった。正直なところ、これらメーカーに限らず韓国、台湾製の生産設備、特に検査機は今回の展示会でも多数出品されていたのだが残念ながらどれも秀逸、特に自分の専門分野である検査機(画像処理)に関して言えば、かつては市場を凌駕していたにもかかわらず今や生産を縮小してしまったOMRONやPANASONIC製より、その運用性やソフトのアルゴリズムに関していえば明らかに彼らの製品のほうが優れていると言わざるを得ない感じだった。

なぜこうなったのだろう??それは非常に単純だ。少なくとも今の時点で世界最高峰の実装技術を駆使して製品の量産をしているのは正に、この両国プラス中国だ。製造技術、生産技術、品質管理技術というのは量産工程において、いかに歩留まりを少なく効率よく費用対効果を高めて高品質の製品を作り上げるかに依存しているといっても過言ではない。
そして今の膨大な容量のソフトウェアーの手足となり、それを確実に動かしていくハードウェアの進化も凄い勢いで進んでいる。簡単な例でいえばスマートフォンの中に入っている回路は、かつてのPCマザーボードより高機能だ。つまりPCに使われていたマザーボードサイズの基板の機能が今はスマートフォンサイズにおさめられている。勿論、昨今のモジュール化(ICに機能をまとめること)は非常に大きなポイントではあるが、モジュール化できない回路がスマートフォンサイズに凝縮されているわけだ。これを確実に実装する技術、具体的にいえば0.4mmのピッチの数百のパターンに半田を乗せ、それにデバイスを搭載して、そのピッチ間をショートさせずに自動で溶着させる、それも一日に1万個の単位で不良なく、これらを生産する技術。こういうプロセスに投入され切磋琢磨されることによって、より精錬された設備が完成していく。この客先の要求にかなう仕様を日々の鍛錬によって高めている韓国、台湾の生産設備はこの先もより洗練されたものになっていくとおもわれるが、既に量産工程のほとんどを海外に移転、もしくは辞めてしまった日本の環境では、もう残念ながらこのような優れた製品は生まれてこないのでは(勿論、POPやMCMといった超高密度実装に伴う技術はまだ日本がイニシアティブをとっている可能性はあるのだが…)?と考えざるを得ないのかもしれない…。
そして、この状況は生産設備だけにとどまらない。自分の商材でもあるクリーンルームや静電気対策に使用する資材なども、かつては日本製が殆どだったのだが、最近では、韓国、中国製にだいぶ席巻されている。彼ら協力工場が生産するそれらの品質も、量産工程に見合うレベルにどんどん進化しているのだ。また生産に必要な材料自身もしかり。自分の取引先である、LCDパネルに使用するフィルムの加工しているメーカーでは、最近、納品先の要求で日本製ではなく韓国製の安いフィルムに供給元を切り替えさせられたと話していた…。そういう日本以外のベンダーも同じように量産工程に追従しながら進化と遂げているわけだ…。果たしてこのあたりの挽回が、この先、日本で起こりうるであろうか???

というわけで何が言いたいかというと(最近このフレーズ多いです…^^;)、このような量産工程を辞めてしまった日本の大手メーカーについていったら自分たちの技術や製品までも世界の需要からは程遠いものになってしまうのではないか???という認識を是非、協力工場、しいて言えば中小町工場の皆さんには持ってもらいたいと思うのだ。勿論、半導体業界でいえばDISCOやアドバンテストなど最初から世界市場をターゲットに日々切磋琢磨している会社も多い。できればこのような会社と同じような意識と視点をグローバルにもって、これからを考えてもらえればと思う次第である。

スピード感はあるのか??

今年の春から日系の大手家電メーカーの既存のメキシコ工場における新規プロジェクト立ち上げに携わっている。日系大手メーカーがアメリカで辛酸をなめさせられている中、日本の得意としている家電製品で再挑戦を図る同社を自分としては諸手を挙げて応援したいのだが、そのアクションの遅さが気になっている。
自分が、関わっているのは品質管理の部分で、同社は既存の検査システムを再び使用する計画なのだが「日本と使用している機種が違うので検査内容の詳細を確認したい、また機能的に問題がないか検証したい…」と細かい内容の質問が来たので、これに関してはスタンダードなデータ提供とシステム自身の過去の機能データなどを速やかに提出。それに対してすごく時間がたってから「実は今回使用する部品に関しての詳細な検査データが必要」みたいな質問が来て、これにも真摯に対応したにもかかわらず、最後に「この検査機に使用する治具の価格が日本のものとだいぶ開きがあるので、価格の検証が必要…」と、まあ次から次へを新しい要求が入ってくる…。このプロジェクト、勿論、明確なスケジュールがあり、この秋には新規ラインの稼働を予定しているのだが、こんなやり取りであっという間に1か月近くが経過、おまけにこれから価格の交渉と、ちょっとウンザリするほど手間がかかっているのだ。 品質管理の部分なので慎重になるのは十分にわかる。ただ何で、そんなに時間がかかるのか??というか先ず考えられるポイントをまとめ一括で確認する。という事は十分に可能なはずだ。う~ん…。
実は、このような動きの遅さは今まで他の大手メーカーでも何度か経験している。かつて別会社の工場では新規生産ラインの品質改善の際、メキシコ人はTACOSなど食事を手で取る習慣があり素手の作業では油脂が製品に残る可能性がある。しかしながら慣習上、現場に戻る際に彼らに手洗いを励行させることが難しいので全員(と言っても20人ぐらい)にニトリルゴムの手袋を装着させたらどうか?という提案をしたのだが、その決済に日本の承認やら何やら本当に細かいことで時間がかかり、結局生産開始時に間に合わず、案の定問題が発生してしまった…。なんてこともあった。
シリコンバレーでも(もしかしたら未だにそうかもしれないけど…)、ITバブルの頃は日本の大手のこちらの事務所には必ずBUSINESS DEVELOPMENTという肩書を持った駐在員がいて、こちらの先端技術やスタートアップをリサーチして日本サイドとの提携をさせる業務をしていたのだが、せっかく可能性のある会社を見つけても承認にいくつもハンコが必要な決済システムの為、もたもたと時間がかかり、それら会社はことごとく台湾や韓国、インドの会社に持って行かれてしまったという例も数多く見てきた…。要はそんな体質が今でも全然変わっていない様子を残念ながら身近に感じてしまって、何か本当にがっかりている次第…。
そして危惧するのは、そんな大企業の体質の中で長年働いてきた社員にも、そういう体質が染み付いてしまっていないか?という事だ。一生懸命開発や設計をしても承認や決済を取るために時間がかかる「だったらのんびりやってもいいや。」みたいな体質。加えて、たいして金もかからないのに上司の判断が気になり細かいところを気にし過ぎて何も決まらないといった体質だ。実際に中堅どころのコネクター製造の会社の友人から早期退職した未だ現役の大手メーカーの開発担当者を採用したのはいいが、そのプロセスの進め方の遅さに困惑した…という話を聞いたこともある…。

シリコンバレーに長年住んでよく感じる事。それはスピード感だ。あらゆるもの、特にソフトもハードも含めて新しい製品が市場に投入される速度、これらがものすごく速い。ITバブルの90年代後半から、ここはドッグイヤーの地だといわれていた。つまり他の地域の1年で、ここは7年は先に進んでいるというのだ。まあ、これはSOFTWARE産業に関しての見解であるにしても、ハードウェアでさえ少なくともその半分の3年半は他の環境より高速で動いている感じがする。APPLEが年内に発表するといっていたIーWATCHの発表が来年に延びるというだけで、その情報が早速今日のNEWSで流れていた。それほど時間とタイミングに関してはシビアなエリアでもあることは言うまでもない。特に話題が先行している新製品に関してはなおさらだ。
このスピード感が、ある意味、世界のデファクトスタンダードになりつつある。サムスンはその市場の流れに呼応すべく、この地に大規模なR&Dセンターを設置することを既に決定、今その建設が始まろうとしている。果たして日系大手企業はこの状況をきちんと理解しているのだろうか?少なくとも自分が今直面している状況からすると、未だに、よく理解できていないように思えてならない。

さて、これらの大手メーカーと仕事を共にしてきた中小町工場の皆さんにスピード感はあるであろうか? そんな大手の体質、というか仕事の進め方が実は染み付いてはいないだろうか?勿論、仕様決定に時間がかかりすぎて納期だけをひたすら急かされるという状況がほとんどかもしれないが、それでも仕事に関するスピード感がないとしたら、残念ながら、それは今の世界のスタンダードではないと敢えて断言したい。
「はい!納期は4週間で最高品質のものを製作します!」は、もう世界では通用しない。「要求された品質のものを1週間でお届けします」が今のスタンダードである。過剰品質は不要だ。機会があれば是非そのあたりを再考してほしい。少なくとも最高の技術を持っている日本の中小町工場であれば、このスピード感を持つことによって、間違いなくグローバル展開ができると自分は確信している。

クローズドからオープンへ!

エンジニアの親しい友人から聞いた話。彼は今数人の仲間と新しいハードウェア開発を進めているのだが、その中に必要なパワーCHIPを探していたところ、日本の〇田製作所とアメリカのTI(テキサスインスツルメンツ)に適したものがあり、日本人の彼は、それであれば先ず日本製を使うようにしよう!という事で、〇田にさっそく確認したところ「弊社の場合、部品の販売は最低OOO個単位からでお願いします。サンプルの配布は行っておりません。製品のスペックシートで先ず確認をお願いします。またソースプログラムの公開も購入されたお客様以外にはしておりません…」との非常につれない高飛車な対応だったそうだ。そこでTIにも同じリクエストをしたら「はい、ひとつからでも勿論購入は可能です。ソースプログラムはいつでもWEBサイトで確認しダウンロードも可能です」との事で彼はさっそくTIの部品を採用した。仮に彼らが開発している商品が爆発的なヒット商品になったとしても、彼らは間違いなく個人に閉鎖的な〇田製作所の部品は使用しないだろう。当然、この先の製品開発で必要な部品があったとしても、同社の採用はありえないと彼は話していた。
勿論、これは〇田製作所の販売方針であり、TIのような販売をしている会社も多いかもしれない。しかし自分の経験から実は日本の会社(大きいところから小さいところまでも含めて)と付き合っていると、色々な部分で、このような閉鎖的(クローズド)な方針を持った会社が以外に多い感じがする。

閉鎖的という点では、これまた少しメージが離れてしまうと思うが、日本で営業をしていた頃(20年以上昔です…)、ある日産系の自動車部品の工場へ営業に行くと日産以外の車は工場内には入れてもらえず、遠く離れた駐車場にしかパーキングすることが許されなかった。 この会社に限らず特に自動車系は排他的でクローズドな会社が多かった。P社のTV工場に売り込みに行く際、同じ製品をS社で使用しているという事を話すことはタブーだった、というかS社で使っているんだったらうちは使えないよ。と言われるのがオチだった。機密保持という観点から同業他社で使用している製品を使うことはご法度という雰囲気は、コンスーマーに限らず特に半導体業界では非常に強かったことを覚えているし、そういった部分が日本の慣習なんだな。と当時は納得していた。
ところがアメリカに来て、この納得は一変した。これには賛否両論あると思うし、非常にストリクトな会社も勿論多々あると思うが、アメリカで採用したベテラン営業マンは当時こちらで販売していた製品の売り込みに、まず開口一番「この商品は同製品を製造しているA社で採用され非常に好評なので、御社にも最高ですよ」と説明した。これは言い換えれば客にとっても、「なるほど同じような製品で実績があるのなら、きっとうちにもメリットがあるかもしれない」と思わせるには一番なのだ。そして客の反応もそれなりの感じだったこと、にかなりの衝撃を受けたことを覚えている。
1990年代の中ごろ、アメリカではEMSによる生産がソレクトロンを中心に非常に隆盛だったのだが、このようなEMSの工場ではSUNのOC用ボードの隣のラインでIBMのOC用ボードを普通に生産していた。当然ながら機密保持の徹底は言うまでもないのだが、同じ生産ラインを使用できるのであれば、そのほうが合理的で効率も高く、コストも軽減できるというコンセプトによるものだった。このコンセプトが十分に咀嚼され、発展して今のFOXCONNの大成功につながっているとおもってもOKではないだろうか。。。
アメリカは当時からこのようにオープンな環境で”ものづくり”が行われていたのだ。今では一般的になっているオープンソース(これはSOFTWAREの話だが)というコンセプトも、きっとこのような市場のスタイルがまずベースにあるような気がする。
昨今の日本では、上記のような閉鎖的は部分というのは大分無くなってきたと思いたいのだが市場自身が激変している今の環境においては、このあたりを真剣に考えてみる事が非常に重要ではないか思う。営業でいえば、メーカーズブームを背景にロングテールの部分に非常にポテンシャルのある可能性も出てきている状況であれば、それに応じたオープンな営業展開をするべきだと思うし、
マニュファクチャリングに関しても、量産製品の日本におけるイニシアティブが無くなり、プロセス自体もが東南アジアに流れてしまった現状では、もっと自分たちの持っている今まで表に出てこなかった生産技術や商品開発のノウハウをオープンにして一丸となってグローバルな市場を獲りにいくことが不可欠ではないかという事だ。S社とP社が事業統合して共同で次世代TVを開発する!そんなインパクトのある展開が絶対に必要だと思う。

実は今日本の中小町工場の間で、「全日本製造業コマ大戦」というのが密かなブームになっている。これは日本の製造業が彼らの技術を結集した喧嘩ゴマを製作して戦わせるというものだ。自分も付き合いのある町工場の皆さんから、この話を聞いて最初は「なんでコマなの??」「そこにマーケティングとしての意味はあるの?」と正直なところ、いささかネガティブなイメージ(失礼)しかなかったのだが、実はこのコマ大戦を通じて同業の参加者たちが物凄いスピードでそのネットワークを広げいている状況を見て「これは面白い!」と考えを一新した。 これによってオープンネットワークが築かれ、今まで下請けという非常にクローズドな環境で門外不出のものづくりをしていた同業の皆さんが、連携を強化し、お互いのノウハウなどをオープンにして、新しいものづくりを創造していけばきっと凄いものが創れるのではないか?? と思うようになってきた。

少なくとも間違いなく依怙地になって上記の事業統合などは、あり得ない(SHARPとFOXCONNの話とか)、今の日本の大手製造メーカーの状況から見れば、方法はどうであれネットワークを加速する中小、町工場の動きのほうが断然楽しいし、もっともっとオープンになって日本を飛び出し、グローバルな視点で市場を見て再び日本初のデファクトスタンダードな製品を一日も早く創り出してもらいたいと思う!