Archive for 03/11/2021

自動車も100分の1になる!?

 さて、数年前から何度も講演会や講義などで話してきた内容(もしかしたら同じことをBLOGにも書いているかも^^;;…)だが、最近それが更に現実味を帯びてきたので、敢えてまとめてみた。

 自分がアメリカに来たきっかけになったのはSONYの北米におけるテレビ生産拠点の立ち上げだった。当時、既に最高峰の画質と定評のトリニトロンカラー(ソニー独自の映像方式)を武器にアメリカで知名度があった同社が本格的に北米および南米向けの生産拠点をカリフォルニアの南端、サンディエゴに近接するメキシコの町ティファナに設立したのは1988年。テレビは未だブラウン管の時代。アナログで熟練した画像の調整工程が不可欠だった当時は日本勢がTV市場で圧倒的なシェアを確保。ティファナは、90年代にはTELEVISION VALLEYと呼ばれ、既に同地で生産を始めていたPANASONIC, SANYOをはじめ、HITACHI, 三菱、JVCが工場を設立し大量生産に着手。弊社のような彼らの生産をサポートする日系の協力会社も続々と進出し当時は本当に賑やかだった(そんな折、ティファナでSANYOの社長が誘拐される事件もあったりしたなあ…)。
 工場設立後のSONYは、90年代に入るとPCが一般家庭に急速に普及した時代と相重なり、当時から同じトリニトロンで定評のあったディスプレイの需要も増大し、シャープが液晶テレビの生産を同じティファナでスタートした1999年までには、従業員3000人規模の工場が2か所に加え、チューナーの製造工場も別に確保するまでに拡大。この後、各社がブラウン管から投影型のTVを経て液晶に移行した後も、薄型液晶パネルのテレビ需要は更に急拡大し、当時まだ圧倒的に液晶技術でもアドバンテージのあった日本勢は最盛期となる2007年には、日系メーカーだけで北米向けを中心に年間1000万台のテレビを生産していた。

 当時、SONYの40インチ液晶テレビの値段は$1,000以上。ところがいち早く液晶パネルの将来性を予測し歩留まりの少ない大量生産に本腰を入れていたSAMSUNG(日本から大量に技術者をヘッドハントしていたのもこの頃)や台湾のチーメイ(現FOXCONN)が生産効率を上げてパネルの大幅コストダウンを敢行。同じ時期いきなりSAMSUNGは40インチのテレビを$700で売り出し(あまりにも衝撃だったので今でも覚えている)、ここから一挙にLGを含めた韓国勢による攻勢がスタート(画質にはほどんと差がなったからね)。アメリカで台湾系CEOが率いるOEM生産でいきなり勃興した新規メーカーVIZIOの参入に加え、怒涛の如く進出してきたハイアールやハイセンスといった中国勢にも市場を侵食され、2009年に起こったリーマンショックの影響もあって日本勢はほぼ壊滅状態。2011年には早くもSONYが全ての工場をFOXCONNに売却。その後、HITACHIとJVCが撤退し、PANASONICと三菱も2013年には生産を打ち切り、2015年に液晶パネルのラインも2本保有していたシャープが中国のハイセンスに工場を売却して日本勢の隆盛は終焉を迎えた。

 最盛期から終焉迄わずか10年、そこまで急激に落ち込んでしまった原因は何だろうか? 単純に言ってしまえばブラウン管時代の栄華に安堵し、他のアジア諸国には高飛車な態度でタカをくくっていた姿勢が、デジタル化という劇的な変革に追従できないどころか、既存のインフラと組織、ブランド維持の為に、その対応に舵を切ろうともしなかった事に有ったのではないかと思う。また、生産現場で「まさか中国勢や韓国勢に負けるわけないでしょ!」という雰囲気が蔓延していたことも事実だ。当時、尼崎ディスプレイ等自社のブランドに陶酔しTVに全精力を傾けていたPANASONICは、テレビ事業の崩壊後(足繁く通っていたTV海外事業統括本部があった大阪、茨木の工場も今はマンションになっている)、その後何年も自社の方向性を確立できなかったし、SHARPに至っては、FOXCONNに買収されるという終焉を迎えたわけだが、結局はデジタル化により、液晶パネルとマザーボード、チューナーと電源があればテレビは、

 誰でも作れる時代になった

事を、理解しなかったことも大きな要因の一つだ思う。

 実は現在でもティファナで唯一1社だけ日本のメーカーがテレビを生産している。2000年代にはアジアを中心にOEM生産で世界一テレビを生産していたFUNAI(船井電機)だ。彼らは今もフィリップスブランドで北南米向けのテレビの生産を続けている。少なからず南米向けの需要もあり、最近の生産数は伸びているようだが、日本勢の終焉と入れ替わりに生産を始めた2017年の生産台数は何と僅か10万台。10年で日本勢のアメリカにおけるテレビの生産台数は:

100分の1になってしまった

事は、殆ど知られていないだろう。

 さて、ここまで書けば、既にお分かりだと思うが、自分の経験から、要は同じことが自動車産業でも起こりうる事が現実味を帯びてきている。その一番の要因はコロナによるライフスタイルの激変と、それに伴う世の中の進化の過程が大幅に前倒しされた事だ。この流れにおいて人的接触を避けるための自動運転技術の開発が加速してきた事、自動運転にも使用できるリモートをサポートする大容量に対応するネットワークの構築が劇的に進みつつある事、脱炭素化の流れとその対策/対応の必要性が更にクローズアップされたことで益々拍車がかかり、加えてテスラの快進撃は言うに及ばず、アップルの電気自動車参入やAMAZONによる物流手段の自動化、GOOGLE傘下のWAYMOの躍進などGAFAT(Tはテスラ)の大資本による新たな動きにより、間違いなくここ数年でガソリン自動車の淘汰が急速に進んでくると考えられるのだ。
 更に脅威なのはALIBABA, TENCENT, BAIDOUなどを中心とした中国勢の動きである。既存のガソリン自動車製造というインフラを自前で殆ど持たなかった中国と、そこから生まれた新興勢力のアクションは想像を絶するスピードになるだろう。彼らのシリコンバレーにある次世代モビリティ関連企業への投資も恐ろしい勢いで増加している。そして既に50社以上あるといわれている中国のEVメーカーが今後どのくらいの勢いで業界に本格参入してくるかを注視する必要もありだ。勿論、安全という担保は必要にはなるが、既に車(モビリティの為のハードウエア)本体は、不要なものを除き目的に特化したシンプルな構造になっていくと考えられ、基幹部品のモーターと電池、それを動かすセンターコンソール(PC)があれば、デジタルテレビ同様、誰でも作れるようになっているのだ。

 昨年からのシリコンバレーの動きを見ていると、このあたりの流れの速さが本当に目につくようになった。それは単にGAFATを中心としたメジャー企業の動きだけでなく自動運転技術やネットワークなどのソフト開発、AIを駆使した軽量化を中心とした新素材開発、新たな搭載用のセンサー技術の向上に加え、EVや自動運転の要になる電池開発に於いても、彼らの躍進のニュースが連日のように飛び交っている。また既存のメーカーもボルボをはじめ、ヨーロッパ勢は早くも2025年には全車種EV化を発表したりと具体的な計画に向けて動き出しているのだが、このような状況の中でニュースになるような日本の自動車メーカーや大手TIER1(こういう系列を意識させる表現は嫌いなのだが…)の名前が出てきたのを殆ど聞いたことがない。

 この中で、果たして日本勢は生き残れるのか?と考えると正直なところ深刻な気持ちになる。日本国内で自動車製造に関連する就業人口は約200万人といわれている。その大半は現在のガソリン自動車の製造にかかわっている訳で、国(メーカー)としては彼らを反故にできないため、急激なEV化に舵を切ることは難しく、まずハイブリットからプラグインへの移行でスタートする以外に術はないと思うが、残念ながら、とにかく状況は待ったなしで悠長に構えている余裕はない。時期的にあまり良い例えではないが、津波が一挙に到来し全てを奪い去ってしまうイメージに近いぐらいのインパクトだと懸念する。

 特に自動車産業に依存度の高い中小製造業にとって、脅威は目の前に迫っている事を今の段階で是非意識してもらいたい。2000年代には大手テレビメーカーの進出に伴い、成形、板金、ハーネスや基板実装を手掛ける多くの日系協力工場が当時のティファナで共栄していたが、その急激な衰退で、自動車やメディカル産業などに上手くシフトできたところを除き、ほとんどが撤退、廃業してしまった…。その状況を現場で観てきた自分としては、同じ轍を日本の真骨頂である自動車産業では絶対に踏んでほしくない。
 勿論、どこに次の市場を求めるかは大きな課題だが、そのヒントは、このブログに今までもたくさん書いてきてたつもりだ。それが功を奏すか否かは、皆さんのこれからのアクション次第。とにかく自分の信念である:

「日本の製造/生産技術が世界で負けるわけがない」

は、間違いなく健在だし絶対に活かせるはずだと確信している。
 日本勢の自動車生産数が10年後、100分の1になってしまう事を前提として真剣に一考いただきたいと思う。