最強の製造技術を支える総合力で挑め!

今シーズンのカリフォルニアの雨季は雨と降雪が多く例年の160%と過去最高の降水量となった。これで毎年のように懸念されるこの夏の水不足は問題なく解消されるようだが、シリコンバレーからシエラネバダ山脈を越えたネバダ州にあるT社のGIGAファクトリーへの出張は、この雪の影響でなかなか苦戦を強いられた。そんな山奥の平原の中に建てられた世界最大の電池工場は順調に立ち上がり、P社の部隊はわずか2年半で従業員数も数千人規模の巨大工場へと成長。その熱気を帯びた勢いと垂直立ち上げを確実に遂行する日本の技術力、そして組織力はもちろん、種々の難問を抱えながらも目標に向けて一丸となって取り組む姿勢は現場でみていて本当に感動ものだ。

そんな巨大なプロジェクトに携わって早3年が経過。目まぐるしく変わる状況に伴う客先との業務の中、自分自身も本当に多くのことを勉強し経験させてもらっている。以前からこのブログにも記述してるが、自分の担当の一つに「消耗部材の現地化」がある。壮大な自動化された生産ラインに必要な部材を日本ではなくアメリカの地場で供給できる体制(インフラ)を構築することだが、この中で見えてきた日本勢だからこそできる可能性を1年以上前に「現場を知って10%の可能性をさがせ!」でまとめてみた。その内容は今でも全く変わっておらず、このあたりをしっかり押さえればチャンスは、まだまだ山のようにあると思うのだが、最近ではそれに加え日本が誇る製造技術もやはり世界最強だと改めて感じることが多い。
特に感心するのは、生産の自動化におけるライン設備とその技術。自分がかかわっている工場で月に数百万本のセルを製造するラインは全自動で1分間に数百本という単位の製品を確実に組み上げていく。大きいものならまだしも小さなものを、そのスピードの中で歩留まりなく確実に自動で組み上げていくための技術は本当に凄いものがある。工程は多岐にわたるのでラインの長さも半端ないが、それぞれの工程を確実にこなしていくために必要となる数万点の部品精度も100分の1ミリレベルが要求される。この100分の1ミリの誤差がちょっとしたラインの継ぎ目に生じるだけで歩留まりに影響が生じるのは必至で、この要求を確実にクリアできる日本の製造部材はやはり世界最高峰であるといえる。もちろんドイツやスイスをはじめヨーロッパ勢にも凄いところはたくさんあるが、そのような製造ラインの要求を的確に捉え、かつ安価で供給できるのは、下請けという体制下で地道に試行錯誤を重ねてきた日本のメーカーならではだと思う。大手では自動化ラインに不可欠とされるLMガイド生産のTHKや自動製造ロボットの世界的企業、不二越などの製品は中国での半導体製造設備やスマートフォーンの量産需要で現在納期が半年以上待ち。世界でどれだけその精度と性能が認められ引っ張りだこなのかがよくわかる。彼らに限らず製造関連設備を販売している日本メーカーはどこも好景気だ。

彼らの製品の部材供給を支える日本の中小町工場も然り。ポイントはその彼らの持つ力を独自に展開できないか?という事。特に自分が実際に現場からの要求に基づいたリサーチから、このような個々の部品の精度や品質だけでなく、日本勢の中小町工場がかなり卓越していると感じるのは総合力だ。
通常(自分の知る限りだけど)、日本の場合には一つの大企業の周りに複数の中小町工場が集結し、向こう三軒両隣状態で親元から出てくる膨大な量の仕事をこなしている。まあこれが見方によれば典型的な下請け体質の温床であり、また一所懸命といった独自の忠誠心を生み出している基盤にもなっているのだが、時として、このような連携を含めた体制がアメリカでは見られない総合力として非常に価値がある。例えば「切削した部材に特殊な表面処理を施し、そこに緩衝材を張り付けて板金のフレームに固定する」みたいな部材の複合アッセンブリの要求を一社に頼めば、向こう三軒両隣を巻き込んで対応してしまうといったサービス受けることができるのだ。

アメリカでも勿論、対応できる会社はあるとは思うけれど、この手の依頼をかなり受け自分も何とか客先の希望である現地での対応を実現するためにリサーチをしているが、正直シリコンバレーにおいて総合的な対応を適正な価格と納期で対応できるところは殆どない。その理由はなにか? 少し例えが違うかもしれないがアメリカの場合、歯医者は、虫歯を治療する歯医者と歯茎を治療する歯医者、矯正をする歯医者は全て異なる。つまり分業が普通。これは多分、専門的な技術や習得の過程においての分業が一般化している点もあると思うが、ポイントは責任の所在の明確化でないからだと思う。製造現場でも然り。例えば精密加工に特殊な表面処理の場合、万が一完成品の公差に問題があったとしたら、それが切削加工精度に起因するのか表面処理のプロセスによるものなのかを明確にすることが難しい。お国柄このあたりの責任の所在の明確化が難しいことを嫌うために多分、分業が明確化しているのではないかと愚考している。

当然アメリカにおいても、特に製造ラインをつかさどる部材に関しては、このような複合アッセンブリが必要な部材の要求は非常に多いはず。そんな対応ができる日本の中小町工場には実際かなりのアドバンテージがあると考えられるのだ。そして、アメリカに比べて圧倒的に工賃の安い(良くも悪くも)日本で信頼のおけるパーツを短納期で入手ができるという事になれば、これはきっとかなりの潜在需要ではないか?
勿論、十分なマーケティングが必要になることは大前提だが、製造技術を支える制度と品質に基づいた総合力にフォーカスしてアメリカの市場をリサーチしてみるのも、この手の対応が可能な企業にとっては有意義かもしれない。そして是非高い志をもって市場参入に挑んでもらいたい!

 

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AI時代の製造プロセス革新に気づいているか?

スミマセン!またまた年明けから時間が空いてしまいました…。
さて2年前から本格的に始まった世界最大の電池工場立ち上げのプロジェクトはようやく当初の予定をほぼ完遂し、今までの怒涛のような忙しさも少し落ち着いてきた感があるが、やはり製造ラインの立ち上げに伴うサプライチェーンの構築には、まだまだ時間がかかりそうだ。その中でも自分が担当している部材のローカライズプロジェクトは、日本の製造インフラのまま、こちらでの対応を余儀なくされているため、なかなか思うようにいかないことが多い。特に依頼のあった部材の加工など日本で作成された図面を元に、こちらのVENDERで製造しようとすると、具体的に言えばインチとミリの違いに始まり、加工条件の表現などを含め難航することが多い。そのために具体的な見積もりが出るまでに5日とか、それなりの時間を要してしまう。ただこれは日本のVENDERにおいても同様で、特に見積もった価格イコール一回注文が出てしまったら「一切の融通や変更を許さない=不具合があればお金をもらえない」といった下請け特有の主従関係(?)の影響か見積もりにおいてはじっくり検討の時間を要するところが殆どで同じように時間がかかることが多い。しかしながらアメリカにおける製造業というのは基本的に「スピード感が命!」。今回のプロジェクトもT社の廉価版EVの量産に呼応するために待ったなしの状態が続いており、その要求とVENDERの対応ギャップにかなりのジレンマを感じてしまう状況が多々ある。

そんな中、昨年あたりから、このような製造における初期(特に試作段階におけるプロセス)の諸工程をAIやIOTを使って、迅速に処理/対応し、新規の製品化のスピードアップを実現しようとするスタートアップが現われ始めた。ハードウェアの新規開発とその迅速な市場投入に懸命になっているシリコンバレーのハード系企業のサポートを中心に注目を集めてきたFICTIVPlethoraという企業がそれだ。両社とも製造に関しての

依頼ー見積もりー受注ー試作-納品

までのプロセスの簡素化と効率化を高めるビジネスモデルで注目を浴びており、大手製造メーカーとの提携がNEWSになったり、既に日本の大手商社も両社には投資を実施しているようだ。

FICTIVは自社の持つオリジナルのCADシステムに各社各様の設計CADデータをコンパイルすることで、オリジナルのCADシステムが持つAIによる設計データの最適化と工数計算により、瞬時(1分以内)に見積もりと実際に制作した場合の最短納期を算出し提示、そして正式受注の際には既に同社と提携している加工/製造業者のデータベースから各社の繁忙状況なども随時把握し、生産に余裕があり納期の早い業者へ発注、切削品なら3~5日で仕上げて客先への配送までを一貫したサービスとして提供している。形式的には自社独自のシステムによる生産前プロセスの簡素化と加工業者のデーターベースを確保し、そのシェアリングによって納期の最短化を図るモデルだ。

一方のPLETHORAは、同じように自社オリジナルのCADデータプラットホームを持ち、そこへのコンパイルによって、自社で保有しているCNCマシーンなどによって短納期(3,4日)で試作を完成させるというサービスになる。こちらは自社で製造するというところにアドバンテージがあり、工程管理や納品までのプロセスを自社で完結させることが可能で、そこが客先への信頼にもつながっているようだ。
もちろん、決まった材料でアッセンブリもなく単純な部品加工(難易度は別にして)であればこれらのビジネスモデルは非常に効果があり、昨今の短納期がアドバンテージになる市場状況においては需要はかなりありそうだ。ただし、試作といっても通常は何度もキャッチ&トライが必要になり、その都度細かいやり取りが必要になる点、またタフトライドやDLCなどの特殊な表面処理やヘリサート挿入、コーキングなど付加的な作業依頼があった時の対応など、信じられないくらい多岐に及ぶ作業を一括で処理できるというカユイところに手が届く日本の中小町工場のスタイルから見れば、まだまだ稚拙で恐るに至らずかもしれない。
ただ、ポイントはスピードがアドバンテージになる今のハードウェア市場の状況からみたら間違いなく需要はあるという点だ。例えばBOEINGのような老舗をはじめ、ECHOで一挙にハードウェアメーカーとなったAMAZONなどが彼らのサービスを採用し短期間で試作ができるという流れが主流になってしまったら見積もりに最短でも数日かかってしまう今の日本的スタンダードは通用しなくなる可能性は大だ。加えてこのようなプロセスのインフラが現在試作製造のHUBとして中心になりつつある中国の深圳あたりのデファクトスタンダードになってしまえば、試作のサポートを武器としてグローバル化を進めようとしている日本勢にとっては間違いなく脅威となるだろう。

では我々は、どう考えるかだ。先に描いたような日本勢がもつ統合的な管理、複数の異なるプロセス(切削、実装、表面処理など)を一括に保証できるシステムなどは、まだまだアドバンテージがあるかもしれない。加えてこれらを統合し、さらに上記のスタートアップが武器としているAIを利用したデータ処理を利用し、さらに効率のよい自動見積もり生成システムを開発するなど、新興勢力にはない膨大なデータを有する日本の中小町工場ならではの対応策と、さらに上をいくシステムの開発など可能性はたくさんあると思う。

一番重要なのは、既にハードウェアの需要が急激に増えているアメリカ(特にシリコンバレー)そして試作から量産までのサポートで世界の製造工場に君臨しようとしている深圳をはじめとした中国勢が、どのようなトレンドでハードウェア市場のインテグレ―ションを進めているかを常にリサーチ(少なくともトレンドの把握)するような意識を持つ事だと思う。気づいた時には外堀は全て埋められているといった状態にならないよう少しでもこのような動きに注意を払うことによって、日本独自のインテグレートされた、世界には追従できない製造技術インフラの確立を早い段階で構築してもらいたい!

 

 

 

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加速する市場動向と革新に追従できるか?

新年あけましておめでとうございます。
いつもながらの言い訳で申し訳ないですが、今年は後半から本業の忙しさに拍車がかかり、10月以降BLOGをアップできませんでした…ナサケナイ…。でも3年前から携わってきた世界最大の電池工場の立ち上げも大詰めを迎え、その経験から日本の中小町工場が持つ本当の底力や可能性を現場目線で見る事ができるのは、自分のライフワークでもある「モノづくり日本企業の海外第2創業の支援」に物凄いヒントを山のように提供してもらっています。このあたりも今年はこのブログで皆さんと共有したいと考えています。

さて(ここからは「である調」で)、昨年を振り返って物凄く感じたことは、やはり産業と市場の動きの加速感だ。今までEコマースの代表として君臨していたAMAZONがECHOとALEXAを駆使することによって、その勢力を拡大したばかりか月100万台近い生産を必要とする一大ハードウェアメーカーとして確固たる地位をアッという間に築いてきたように、マネタイズまでに時間と投資が必要と思われてきた製造業においても、その勢力の構図や戦略、そしてものづくりの進め方が目まぐるしく変化してきた。中でも特筆すべきは中国の台頭。自動車改革においても中国のEVメーカーであるNIOやSF MOTORSはこちらに巨大なオフィスを構え今年あたりから本格的な市場参入に取り組んでくるだろう。また既にBYDはLA近郊でEVバスの生産を始めているとの話もある。
自分はこのBLOGで今から5年前、ちょうどクラウドファンディングが脚光を浴びてきた頃に試作ビジネスで日本の中小企業がイニシアティブを獲れる!と提言したのだが(「作品を製品にするアセットで再び世界を獲れないか?」というタイトル)、今となっては時すでに遅し。このあたりは全て中国の深センにもっていかれてしまった。深セン市は更に貪欲にシリコンバレーに事務所を設立。こちらのスタートアップの試作支援や、投資家とのマッチングなどを積極的に展開している。日本の行政でも福岡などが未だに事務所を構えているようだが一体何をしているんだろう??話を聞いたことすらない…。
悠長な余裕など全くない。とにかく加速していく市場に追従するスピード感を持つことが不可欠になっているのだ。

そんな中、昨年も数々の日本の中小企業や、製造メーカーの皆さんにお会いしてきたのだが、相変わらず感じる事は、ここで何度も触れてきている「それなりに忙しく儲かっている」という危機感の無さだ。2020年のオリンピック景気や中国の半導体需要に伴う製造設備の需要拡大でどの会社も景気が良いのは事実。THKの部品などは納期が1年以上が当たり前のようだ(そんな先に本当に需要はあるの??)。ただ2020年以降のオリンピック需要が無くなった後はどうなるのだろうか?中国の半導体需要も、それを支える製造設備の内製化が急激に進んでくることも必至だ。そうなったときの事を考えると、今だからこそ、5年後10年後を見据えたプランの構築が必要だと思えてくる。そして、そのプランのターゲットは間違いなく国内需要ではなく景気のカギを握るアメリカや中国ではないかと思えてならない。少なくとも、いい加減、そういう意識でビジネスを考えてほしいものだ。

昨年末に第2弾が放映され年始の特別番組でフィナーレを迎えた「下町ロケット」。相変わらず胸のすくような出来栄えで見ごたえ抜群だったのだが、題名の「ヤタガラズ」に採用されたバルブは、この先いつ商用化につながるか分からない国産の衛星ビジネスにとどまるのではなく、いま一番衛星を飛ばしているアメリカ企業、その雄たるSPACE Xや、それに続く衛星打ち上げ数を誇る中国の衛星ビジネス関連企業に是非売り込んでもらいたいところだ。できれば番組でも、娘の海外への転職だけではなく、そこまでの展開を具体化してくれたら本当の意味で海外に羽ばたこうとする中小町工場が増えてくれるのではないかと思った。

さて、話にまとまりが無く恐縮だが、そのついでに昨年自分の中で最も刺さった言葉を紹介しておこう。確かブロードバンドタワーの藤原CEOのFACEBOOKの投稿で見受たのだが、金沢の何百年も続く伝統工芸の継承者の、

 「伝統とは革新の連続なり」

という一言。伝統を維持する事は、常に新しい技術だけでなく市場も考え、絶えず自分たちの持つ技法や製品を革新していく事によってはじめて継続することが出来るという意味だと自分は解釈した。これこそ正にイノベーションの原点ではないか!シリコンバレーを見ていると自分たちの持つベースをどんどん革新/昇華させる事によって新しい市場創出や産業発展が起こってきている。産業で言えば老舗のIBMやGEが未だにその威厳を保っているのは、新陳代謝を繰り返し革新を続けてきたからではないかと思う。
日本の中小町工場も「オンリーワンのものづくり」や標榜する「匠の技」に革新が無ければ間違いなく生き残れない時代に来ている。そこも含めて自分の希望としては、2019年は是非、この加速を続ける時代の流れに追従する意識を持って来るべき大激動時代に乗り出してもらいたいと思う。

 

 

 

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住宅を例に挙げたってチャンスは無限大!

少し前にシリコンバレーにて住宅建設業界に新風を巻き起こすべく、起業をしたHOMMA,IncのCEO本間君の講演を聞いた。ミッションとコンセプトは非常に明瞭。電話や車がお目見えしてから100年でスマートフォンやEVまで昇華しているのに、家は何がかわったの?というところからスタートし現在のテクノロジーや生活習慣にマッチした住宅のスタイルやあり方、そしてITを駆使することによる居住空間としての利便性と快適さを追求した新しい住宅建設がゴールだ。正直なところ、当初はIOTによって構築されたネットワークとそれに繋がる設備や家具などをフル活用し、それをベースにした新たなスマートホームの実現をMISSIONとしたビジネスと解釈していたのだが、それがここに来て、そのベースを踏襲しながら日本の建築業界や家電メーカーをも巻き込んだ新たなハードウェアビジネスに展開しつつある事に非常に興味を持つと同時に大きな可能性を感じた。

アメリカで家(特にキッチン)をリモデルした経験がある人なら誰でも、こちらで扱われている建材の質の悪さや精度の無さ、特にキッチンでは水回りをはじめ、キャビネットの恐ろしいほどの収納スペースの無駄、そして手際や効率に配慮していないデザインに幻滅した経験があるのではないかと思う。自分も数年前にキッチンを改造して、その値段の割に機能的でないキャビネットのデザインや応用の効かない建具の数々に本当にがっかりした記憶が鮮明だ。そんな時、日本のPanasonic Homes、YAMAHAやTOTOなどの収納キッチンのPRをみて、その無駄の無さと使い勝手の良さ、そして隅々の空間まで調味料などが置ける収納の素晴らしさに「何で、これら日本のものが手に入らないのだろう???」と本当に悔しい思いをした経験がある(結局使えない収納キャビネットに大枚をはたくしかなかったのが現実…)。

また家電製品についてもしかり。自分自身はこの問題提起を何と2012年の8月に投稿しているんだけど今現在でも日本のそれは、機能の工夫と利便性で本当に素晴らしいと思う。煙の出ない電子オーブンを皮切りに、信じられない美味さのお米が炊ける炊飯器。アレルゲンが除去できるエアコン等々、痺れる商品が山のようにある。そして素朴な疑問、

 何でこんな優れものがアメリカで手に入らないの???

自身も、このブログで投稿したが2013年からは三菱のインバーターエアコンの工場立ち上げに参画。2016年にはPANASONICのメキシコに換気扇の工場進出のプロジェクトに携わった。各部屋ごとの温度調整を可能にしセントラル空調に真っ向から対決を挑んだインバーターエアコンは瞬く間に浸透し月産数万台規模にまで成長。また圧倒的に音の静かな換気扇も今まで換気扇は音がうるさいものだという認識のあったアメリカで着実に実績を伸ばしている。このような例は本当に氷山の一角で、まだまだ優れた商品は山のようにあるはずだ。そしてシリコンバレーを例にあげれば、ここ数年の好景気による人口の急増で夥しい数のマンションや住宅建設が進んでいるが、メインの購買層は中国やインドを中心としたアセアン諸国からの移住者だ。彼らは自国での生活で日本製(最近は韓国中国勢が主流かもしれないけど)の白物家電、空調設備の素晴らしさを十分理解しているはずで、製品がすんなり受け入れられるのは間違いないだろう。

確かに製造メーカーのやる気が一番重要。そう考えると今まで何もせず、言い方を変えれば、上述したマーケットの昨今の状況などをしっかりリサーチすらしていない大手メーカーには可能性はないかもしれない。それでも今回のHOMMA,Incでは、そのモデルハウスに日本気鋭の住宅関連メーカーが参画し自社の製品を提供。その素晴らしさを実際に体感できる事で、認知度がかなり高まる可能性は十分だ。

ここからは自分の希望的な意見だが せっかくだから海外進出を上手く果たせないメーカーは、このような新しい改革を海外で実行している実力派スタートアップのアクションの素晴らしさを真摯に受け止め、彼らの力を借りて上手くコラボすることをお勧めしたい。 そして、建設をはじめとした住の分野でも日本の持つ素晴らしさの提供を実現できる機会創出の拠点という位置づけとしてHOMMA,Incには是非、大成功してもらいたいと思う。

また、前述したように昔から主張している事だけど、この機会に家電で言えば日本やアジアのみで既得権を得た大手ではなくアイリスオーヤマや少数気鋭で素晴らしい製品を作り出しているバルミューダのようなアグレッシブな新興メーカー、そして新素材や建具を扱う中小メーカーにも是非とも真剣にグローバル化の矛先としてアメリカでのリサーチなどスタートしてもらえればと思う。今のシリコンバレー、特にイーストベイやサウスベイで進んでいる圧倒的な数のコンドミニアムや住宅の建設現場を見れば、新興メーカーや気概のある中小メーカーなら間違いなく闘志がわいてくるはずだ(と思いたい)!

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国内に限定する状況を憂う

本業であるプロジェクトベースの資材調達ではアメリカに進出した日系メーカーの製造プロセスに使用、もしくは関係する商材を日本中のベンダーから調達している。勿論アメリカへ既に代理店や進出をしている企業のものもあれば中小メーカーの品々も多い。それぞれ日本に於いて既に実績のある、もしくは使い勝手がよくアメリカでは同等品が手に入らないものが殆どだ。そのような依頼を見ていると如何に日本の製品が優れているか、特に製造プロセスに関して言うと綺羅星のようなアイデアや工夫でアメリカの感覚では「なかなか考えられないだろうな」的な商品も数多い。例えばミツトヨに代表される測定器や、耐久性や精度を要求される圧力計などの計器類、また、ちょっとした用途で使用する工具や老舗のタキゲンが得意とする蝶番やファスナー類なども本当に優れモノが多い。これらは既に知名度を得ていたり既に進出を果たしているメーカーのみならず、中小町工場の持つ商品でも同じ事が言える。そんな数々の商材の調達で、都度指定されたメーカーにコンタクトを取っているのだが…

「弊社の商品は海外への販売はしません」
「弊社は海外との直取引はしません」

という会社が実に多いのだ!!!勿論「国内の商社を通してくれ」という会社もあるが、それらを含めると正直なところ、大体8割ぐらいがそんな感じ…。

確かに、お金の回収や製品の出荷、サービス対応の問題など海外との取引にかかわるリスクは考えられなくもない。加えて少ない需要に対して海外との取引の為に特別な人員の配置や分掌も必要になるかもしれない(間違いなくこのあたりがその理由だろう)。もしくは日本国内で十分に売り上げも確保できているので、あえて海外に販売をする必要も無いのかもしれない。

しかしながら製品が海外でも販売できるというのは、ものすごいチャンスとなる可能性がある。もしかしたら新しい海外における需要、そして国内の何倍もの売り上げにつながるかもしれないのだが、このような商機に対応ができない企業が多いのは本当に残念な気がする。
ちなみに自分は消耗品などを中心に同じような引き合いを韓国や台湾などの企業に出すことがあるのだが、彼らの場合、殆どの場合一つ返事でOKがくる。海外への展開に関しても積極的で、しっかりそのような体制づくりもできているのであろう。このあたりの状況が日本を除くアジア勢の好況にもつながっているような気がする。

私が元務めていた会社は神奈川県の町工場だ。そこのオリジナル商品がヒットし海外からの引き合いが増えてきた。勿論、最初は海外の販売など毛頭考えていなかったのだが、そこに商機を見出し最初は日本の大手商社と契約して海外販売の基本を勉強した。需要が増えてきたところで、アジアを中心に独自の支店設立を展開し業績を伸ばしてきた。その会社の先鋒として私自身もアメリカに赴任。90年代は市場開拓に奔走。勿論、会社の業績を伸ばすことが目的だったが自身の経験やアメリカでの組織運営など本当に勉強になった。これは会社にとっても貴重な財産になったと思う。それだけでなく製品自身も海外の需要に応えながらローカライズし遠隔地でのサービスを考慮した結果、品質や性能も向上した。この蓄積が新たにグローバル企業としての成功にもつながったのだと思う。

勿論、上記に挙げた理由のように各社それぞれの言い分はあるだろう。また海外企業や顧客との取引は当然色々なリスクが伴う事も事実だ。しかしながら最初は商社や代理店を経由しながらでも少しづつ実績を増やしていけば、自社製品の海外における位置づけも把握できるし、海外事業展開への可能性も見いだせるはずだ。サービス面での対応や出荷費用の問題など、新たに発生する事も多いと思うし実際には難しい局面もあるかもしれない。でもやってみなければ分からないし駄目であれば諦めればよい。
今ではJETROをはじめとして海外事業展開をしっかりサポートしてくれる機関も多いので、そのようなところを利用してみるのも一案だろう。
市場はやはり自ら獲りに行くのが原則、先ず「引き合いが来たら、とりあえず海外への販売をスタートしてみる」。という意識をぜひ持ってほしいと思うのだ。

かつてSONYは、1960年代にトランジスターラジオを武器にアメリカ市場に乗り出して成功をおさめ今の礎をつくった。HONDAも世界に進出すべくヨーロッパの著名なオートバイのレースに参戦。アメリカでは低燃費のCVCCエンジンで厳しい規制をクリアして市場参入し今の日本車の地位を確立した。
勿論、大企業のチャレンジに倣えとは言わないが、もしかしたら、このように大成功を収める可能性のある商品やサービスもあるかもしれない。是非ともリスクを恐れず海外に飛び出す志を持ってほしいと思うのだ。

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事業継承補助金交付のNEWSで考えた。

6月の終わりに経済産業省が後継者不足で事業継承に悩む中小企業に対し、それを引き継いだ地方移住者に優先して最大500万円の補助金を交付するというNEWSを読んだ。勿論自分の分野である製造業とは異なる業種も多数あるかと思うのだが、う~ん、このあたりの精査、例えば本当に継承する価値のある事業を選定しての継承なのか?将来的に本当に地方の産業に貢献できるようなポテンシャルのある事業の継承なのか?まあ、それなりにしっかり吟味の上の補助金交付であると願いたいが…。また引き継ぐ地方移住者は、それなりにクォリファイされた人材なのか?この部分も不明だが、この企画が単に補助金という貴重な税金からの財源のバラマキに終わり、地方にゾンビ企業を増やしてしまう結果にならない事を祈るばかりだ。
確か2年ぐらい前だったか、東京都の大田区の行政をサポートしている方から、同地のグローバル化について相談を受けたことがある。多数ある町工場の廃業や閉鎖に歯止めをかけ何とか新しい方向性を見出したいとの希望での依頼。で、色々状況を聞いて驚いたのは、当時の大田区エリアには中小町工場が約5,000社があり、そのうちの4,000社は従業員が10人以下の本当の零細企業だという点だ。失礼な言い方だが、要は、そのような会社が綿々と生き続けていける土壌があるという事だ。それは行政の支援なのか?補助金なのか?それとも潤沢な仕事があるからなのか…。このあたりの詳細は分からないが、そこからは次世代に向けて新陳代謝しているという地域の状況は全く感じられない。開業している会社も、もしかしたら潤沢な保護を受けて延命することが生業になっているのではないか??
これでは企業の廃業は自然の摂理のごとく、ある意味当然の流れだし少なくとも従業員10人以下の4,000社もの会社が存続ていること自身、不自然に思われたので、「どうする事もできません」ときっぱりとお断りした。
(2年前の話なので、今は状況が違う!という事であれば是非また話を伺いたい)

この大田区に限らず、こちらで製造業を中心とした日本の中小町工場の皆さんとお会いして感じることは、日本は中小企業に対して本当に種々にわたる補助金という素晴らしいシステムがあるという事だ。ただ、これが本当に意味のある方向に使われているのか?ここは甚だ明確さに欠けている感がある。最近では補助金の交付が発表されると、わけのわからない怪しいコンサルタントが暗躍、提出資料作成のサポートをして利ザヤを稼ぐとか、ひどい場合には金融機関が交付された補助金を担保に融資ができるために、その作業を手伝っているとか訳の分からない話も沢山耳に入ってくる。又、交付された補助金が、本来の事業発展の為ではなく、延命処置となっている感が否めないという状況も多々あるようだ。まあ、これは今に始まったことではないと思うけど…。

もちろん、これらの補助金を有効活用し、若手従業員の育成や、新規事業開発、そして新たなグローバル展開に向けての軍資金として実際に成果を出している会社も知っている。
補助金は、本当に素晴らしい制度だと思うので、是非有効活用をしていただきたいし、そのためには交付する側もより一層の厳重な精査の見直し(少なくとも代替者による申請書類は認めないとか)、なども徹底して行ってもらいたいと思う。元を考えれば国民の皆さんから徴収した貴重な税金なのだから。

ちなみに未だに2000社以上の中小製造企業が集約しているシリコンバレーには私の知る限り補助金という制度はない。激変するハードウェアの需要環境に追従できず受注が取れなくなった会社は当然廃業だ。リーマンショック前は景気もよく、そんな企業が4000社はあったと思う。それが淘汰されての2,000社。皆しのぎを削って生きている。だから相当にタフだ。彼らは廃業した会社から人材と設備を引き取り力を増強。今度は、そこからスピンアウトした連中が新しい工場を立ち上げて新規の顧客を獲得し動き出す。まさに弱肉強食の世界で活発な新陳代謝が常に起こっている。これこそまさに世界の先端を行くIT産業のメッカを支えている製造業のエコシステムだ。

果たして潤沢な補助金に安穏とした感のある日本の中小町工場に、このシリコンバレーの状況を打破してでも乗り込んでくるような企業はあるのか??

自分は、今そういった気概のある企業の発掘を応援するプロジェクトに携わっているのだが、自分が常々思っているのは「日本の製造業が世界で負けるはずがない」という事だ。にも拘わらず、安穏とできることで自ら機会や実力を逸している状況が沢山ある。ここに何とか光を当てて意識を持たせ、一社でも多くの中小町工場のアメリカ進出を後押ししたい。そのために出来れば、このようなプロジェクトにこそ、生きる補助金の交付を検討いただければと思う次第である。

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幕末の激動に学ぶ!

今年の大河ドラマ「西郷どん」が盛り上がっている。アメリカでタイムリーに番組を見るのはなかなか大変だが、久しぶりに週末の夜が楽しみだ。自称、幕末オタク(笑)の自分は、未だに傾倒している司馬遼太郎先生の、このドラマと同じテーマで描かれた「跳ぶが如く」をはじめ、「竜馬がゆく」「花神」「世に棲む日日」等々、幕末を題材にした小説は殆ど読破したが本当に印象深い名作ばかりだ。
そんな司馬先生の著作で、自らが題材にしてきた主人公を評した「手掘り日本史」という短編があり、その中に坂本龍馬について「彼にとっての討幕は、実は革命を起こして日本を改革するのが本来の目的ではなく、グローバルな商社を起業して世界を相手に貿易する夢の実現の為だったと思われる」というくだりがある。確かに龍馬は亀山社中という日本初の株式会社(長岡藩と越前藩が出資)を設立したのだが(同社は幕末の激動の中で消滅)、そこから更なる展開を計画し、そのために当時で言えば各地にある藩(大企業)を脱藩(スピンアウト)し、自分のグローバル企業設立という目標達成の為の国家改革(開国)を目論んでの活動だったと思われる史料や形跡があちこちに残っているというのだ。これは非常に興味深い。

引用が続くが、日本を代表する漫画家、手塚治虫先生の名作「陽だまりの樹」は、江戸時代後半に医師として活躍していた彼の子孫を通じて幕末の動乱を描いた作品。この題名は、「陽光を浴びてぬくぬくと時代と共に巨大に育った大樹は外見はしっかりしているように見えても内部は既にシロアリに喰われたり朽ち果ててボロボロになっている」という江戸幕府をたとえたもの。そんな大樹を倒すために立ち上がった幕末の若手志士たちの物語だ。

藩が当時における大企業と考えれば、それを統括し300年続いたコングロマリット的存在の江戸幕府、それにケイレツのごとく従属する保守派の諸藩を倒し、新しい時代を興すために薩長土佐など革新的意識を持った藩(新興企業?)や龍馬のようなアントレプレナーたちが活躍したのが幕末の激動だったとも言えるだろう。

さて、前置きが長くなったが、先般「話を伺いたい」いう中京地区に本社がある鋼材を扱う一部上場商社の駐在員社長一行に会った。同社は自動車関連の顧客がメインで日系の製造工場周辺を中心にアメリカにも数か所事務所を持っている。年齢的には自分ぐらいか少し上の60前後だろう。彼らには何のしがらみもないので、この地で感じる日本の自動車産業の危機的状況やTOYOTAが無くなる日が来てもおかしくないという本音の話を小一時間ほどしたのだが、その間、連中は一言も口を開かず、憮然とした表情で「日本の自動車産業が無くなるなんて、そんなバカなことがあるわけないだろ。アホかお前は!」と言いたげな感じを終始醸し出していた。自分もその横柄な態度が頭に来たので挨拶も早々にその場を引き上げたのだが、この手の大企業駐在員の社長(もしくは管理職)がシリコンバレーにも実に多い。
勿論、半導体関係を中心に、こちらに10年以上駐在し根を張って本気で奮闘している尊敬できる社長も何名かおられるが、3年~5年といった期間で50代を過ぎて駐在している連中からは、残念ながら帰国後の円満退職を意識し保身に走り決してリスクを取らずカリフォルニアの陽光にワインと週末のGOLFをエンジョイしているイメージしか感じられない。特に自動車関連では大手メーカーをはじめT社の電装品を扱うTier1など多くの企業が50代過ぎの駐在員をTOPにオフィスを構えてるが会社の看板掲げて態度偉そうでも存在感は皆無だ。危機的状況が垣間見える同産業において、この先数年後に来る大変革に対して的確に状況を見据え判断ができるTOPがいなければ将来は無い。また、判断ができてもそれを実行できない、もしくは同じような管理職を多数擁し井の中の蛙になりかけている親元を動かすことができない輩が、法外な家賃と生活費を払ってまで、こちらに居ても何の意味もないし、そういう浪費に気づかない日本の本社も終わっていると思う。
先の商社社長のように、自分と同世代の大企業の面々が自動車産業の未曽有の危機に直面している状況に安穏としている様子を見ていると本当に残念でならない。

こうなると、頼みの綱は、やはり若い力だ。シリコンバレーのオフィスを構える関連企業大手の中にはY社やS社のように若手の精鋭に責任を任せ、時代や環境を読み取る鋭い感性と行動力で社内改革を含めてバリバリに動いている会社もある。偉そうだが、こんな企業の将来は期待できそうだ。
反面、この激動の時代の大役に、状況を的確に判断しスピード感にも追従できる気丈な若者を擁立できない会社は既に「陽だまりの樹」だろう。
そのような会社から自信のある若者は一日も早く龍馬のようにスピンアウト、もしくは長州藩の奇兵隊のごとく伸びそうな事業(部隊)をカーブアウトする作戦を是非検討してもらいたいし、若手スターアップ企業との連携などで保守的な企業の破壊と創造も何とか推進してくれたらと思う。加えて、多くの革新的若手スタートアップの勃興にも期待したい。

幕末の激動期に日本を動かし改革を実現したのは多くの犠牲を払いながらも、西郷、大久保、桂、坂本をはじめ殆どが20代、30代の若者たちだった。
シリコンバレーも然り。YAHOO, GOOGLE, FACEBOOK, APPLE,DROPBOX等々、世界を変える多くの企業を興してきたのも20代30代の若きCEO達だ。

既に我々には明治維新という実績もある。是非とも若い力で、日本にとって最後の牙城である自動車産業の破壊と創造に怒涛のように押し寄せる中国をはじめとした新興国や、連携を強めるヨーロッパ勢から死守し、その勢いでさらなる日本の再構築をも実現してほしいと思う。

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リスクを取る事ができるか?

少し前の話になるが、1月に日本で開催されたEV/次世代モビリティ関連の展示会場にて、久しぶりに親友のS君に会った。日本でかつては町工場の中心的産業であったメッキ業を営む工場の2代目。彼の会社、シルベック(旧シルバーメッキ工業)は荒川区にあって50年の歴史を誇る下町メッキ業界の中心的存在だった。化学廃棄物の産出による環境問題や、需要の衰退などで斜陽の産業といわれたメッキ業界で、何とか生き残りをかけ工場の合理化と刷新を図るべく2008年に都内から埼玉県の八潮市に移転。それに加えて2011年には、まだ需要の予測が見えづらかったタイへ進出し工場を設立。慣れない外国で環境問題に絡むレギュレーションによる障壁や従業員の教育、思うように進まない需要開拓など、本人が自らの時間の殆どをタイで費やし本当に辛酸をなめながらの苦労を重ねてきた結果、日系大手のHVAC生産やアジア勢による新規自動車産業からの需要等を見事に取り込み、現地における独自性もあって今や順調に業績を伸ばしている。そんな順風満帆の彼が、まさしく次世代需要の開拓をすべく新規産業のネタが溢れるこの展示会では、まさに会場にへ張り付いて徹底的にリサーチをしていた。

「景気の良い時だからこそ次を真剣に考える!」

様々な苦労してきた彼自身が持つ本能的なアクションかもしれないが、自分がいつも主張している事を具体的に実行している彼のような経営者がいれば「まだまだ日本も行けるぞ!!」という思いを新たにできて心が熱くなった。

今年の1月には経済産業省の素形材センターとD-LABが主導したシリコンバレー視察ツアー、2月には同じ経産省の飛躍ツアーで、選ばれた中小町工場のオーナーやスタートアップの起業家たちと接する機会があった。特に進出に意欲的な企業の方々とは、いろいろ突っ込んだ話をさせていただいた。加えて今回の参加企業の中には今すぐ行動すれば間違いなく世界を獲れる!と思われるところもあった。ただ、やはり感じたのは今の日本の景気の良さから出てくる「ぬるま湯に浸かった感」だった。

確かに中国の爆発的な半導体需要や2020年を控えた公共事業を中心とした特需で今の日本の中小町工場はめちゃくちゃ景気が良い。言い方を変えれば忙しすぎて海外進出なんてとても考えられないし、そんな余裕もない!というのが本当のところなのだろう。しかし、そんな時だからこそ時間を無理に作ってでも2020年以降の事を考えてほしいという事を、このブログを通じて、そして機会のある毎に何度も何度も何度も何度も主張してきた。正直、状況はとにかく待ったなし。既存のビジネスを少し減らしてでもシリコンバレーに限らず中国の動きに注目するなど具体的なアクションを起こす。そして可能性がありそうなら、とにかくリスクを取ってみる!そんなTRY QUICKLYな姿勢と志が今一番必要な気がする。

自分の好きなブロガーの永江一石さんの投稿で日本で大ヒットしたドラマ「陸王」に関する記述があったのだが実は自分も製造業の立場で同感だった。要は同じ事の捉え方の違いなのだが、こはぜ屋の宮沢社長は「社運をかけて皆一丸となって成功を求め新規事業に参入した」のではなく「社運をかけて新規事業というリスクを取った」という解釈だ。彼は自分たちが今まで培ってきた技術を生かし資金繰りやチームの構築を含め未知のものに挑戦するというリスクを取ったのだ。前述のS君も未知の国で既存技術の経験と独自性でリスクを取った。その努力の成果が今開花し更なるチャレンジへとつながっている。

正月が明けて早2か月が経過してしまったが、今年はそんな「リスクを取る」事に果敢に挑む会社や起業家に、出来るだけ多く会えることを期待している。

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現場を知って10%の可能性を捜せ!

2年前からTESLAのGIGAファクトリー内でセル生産を手掛けるPANASONICのプロジェクトに携わっている。特に今年は急ビッチで進む動きに息もつけないような忙しさだった。一辺が1キロ近くある世界最大の電池工場に総工費2000億円以上をかけた大プロジェクト。日本から常時400人近い出張者が入れ替わりで常駐し、昼夜週末を問わず立ち上げ作業に従事している。
アメリカに来た30年近く前、自分がメインで携わっていたのは当時世界を席巻していた日系TVメーカーのアメリカ/メキシコ工場の品質管理プロセスの立ち上げだった。最盛期のSONYはサンディエゴに近接するメキシコ、ティファナの工場に3,000人以上の従業員を有してトリニトロン技術のTVとPC用ディスプレイを生産。アメリカ市場に確固たる地位を築いていた。SONYのみならず、PANASONIC, HITACHI, JVCなど、最盛期には日本メーカーだけでアメリカのシェア40%。物凄く勢いがあり若い自分は各社のプロジェクトに携われたことが本当に嬉しく夢中になって仕事に没頭していた。今回のプロジェクトは, そんな当時の自分を彷彿させる。この歳になって日本企業の壮大なプロジェクトに再び参加できることは本当に嬉しく老体に鞭打って(笑)頑張っている。

ところで今回のプロジェクトにおける自分のミッションは、生産現場における必要部材の日本および海外からの調達と消耗品や生産技術関連治工具生産の現地化だ。特に後者は、日本から搬送し設置された巨大な生産設備とプロセスラインに使用するパッキン等の消耗部品をこちらでも調達可能にしようというもの。切削部品やプレス部品など日本の協力工場で作られていた多種の部材を自分の地元であるシリコンバレーの町工場での生産に切り替える試みだ。

以前から何十回も言い続けているが、シリコンバレーはITのメッカだけでなく、実はハードウェアの一大生産拠点。70年代から半導体産業をつかさどる生産、製造設備の殆どがこの地で作られてきた。そしてその状況は今も変わっていない。クリーンルームで使用される高精度な設備に使用される部材、メディカル機器に使用されるチタンをはじめとした特殊材料の加工や精密板金加工、I-phoneをはじめとした超精密実装などは、正直言ってお手の物だ。そんな事ができる町工場が未だに2,000社以上存在している。実際のところ今回の依頼に関しても、殆どの部材が製作可能。日本では未だ一般的なメートル法の紙の図面でも(勿論DXF等のファイルがあればさらに簡単)対応してしまうところがすごい。現状約90%は現地化を実現できている。

ただ、そんな中、自分も携わってきて分かったことは、残りの10%近くは確実に日本にアドバンテージがあるという事だ。これらの部材は実際に日本の町工場に製造のお願いをしている。

例えば、まず加工材料からいくと圧延されたSUSの鋼材など寸法や公差の精度は日本のものが圧倒的に優れている。ものにもよるが同じ板材で測定場所で0.2mm程度の誤差は一般的。そして日本基準の1.0mm厚の鋼材はアメリカには存在しない。またSUSの5㎜角の棒材なども自分の知る限り入手は不可能だ。加えて日本が誇るプラスチック材料でも耐熱部材(例えばポリアミドロイドなど)はDUPONTなどが商品を供給しているが、ユニチカのUNILATE等の特殊硬質部材は、あまり一般的ではない為、加工部材として少量の入手が難しかったりする。コスト面では板金加工など圧倒的に日本の方が安価だ。このあたり輸送費のコストがかからない小物などは確実に可能性があると考えられる。最後に納期も現状アメリカにおいては暗黙の了解的に2週間というのが一般的で日本で言う即日製作や5日以内の短納期というのは殆ど存在しない。つまり、このような現場の状況を具体的に精査して知る事ができれば、日本の技術や生産体制でアメリカでも勝負できる可能性は十分あるという事が言える。上記の例からだと全体のわずか10%程度かもしれないが、それこそ探せばまだまだ山のようにあるはず。そして追従を許さない製造技術や製品があれば恒久的な需要も見込めそうだ。勿論、そこに食い込んでやろうという志はいつも言ってる通り一番大切になるが…。

昨今の日本の中小町工場は2020年のオリンピック景気や中国の空前の半導体需要など国内景気の良さもあって、少しグローバル化に対する意識が薄れている気がする。行政の支援活動を通じて、また実際に話を聞いても残念ながらその傾向が顕著だ。しかしながら、確実に押し寄せる自動車産業の破壊と創造、中国の深圳地区に見られるICTを駆使した新しい「ものづくり」のインフラと開発、製造力の強大化を考えると来たるべき日本の製造業における革新とグローバル化は間違いなく必須。そして、それを今実行に移すか移さないかが将来を握っていると言っても間違いではあるまい。

2017年もあと少しで終わろうとしているが、2018年は更に世界の動きに目を向けて自身の武装と将来の展望に関して関心を持つことが重要だと思う。上記のように現場を知れば、今ならまだまだチャンスはある。この芽が他のアジア勢に摘まれないうちにアクションを起こせるかが生き残りのカギになると強く言いたい。

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葬られていた100年以上前に大成功した日本人起業家の話

初出稿は2009年に自分のBLOGに書いた記事ですが、日本人として
自分たちの大先輩は100年以上前からグローバルな志と起業精神を持っていた証として、この素晴らしいスピリットは継承していかないと!!!という事で再掲載します。
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自分のもっとも好きな趣味の一つである狩漁系ダイビング(潜って魚貝を獲ってます)のなかでもカリフォルニアを代表する獲物であるアワビについて、その背景を調べていたら、そのアワビ漁のルーツにに日系移民の起業家が非常に深くかかわっていることがわかったので是非紹介したいと思います。

1994年まではカリフォルニアのアワビ漁は商用目的で大々的に行われていましたが、乱獲から絶滅の危機に陥ったために禁漁になります。このアワビ漁ルーツ、実は日本の南房総、白浜の海産物商の兄弟によって1890年代今から100年以上前に始められたものでした。1890年の初頭に日本から移民した人が、カリフォルニアはモントレーの海岸に無数に生息するアワビを発見!これは絶対に事業になると確信し、南房総で海産物商を営む小谷兄弟を招請しカリフォルニアのアワビ漁が幕を開けました。当時アワビはラッコの餌か中国人が食用で少し取るばかりで、焼けば長靴のゴム底のように硬くなってしまい誰も見向きをしなかった代物だったそうです。おまけに北カリフォルニアの水の冷たさもあり当時は誰も手を出さなかったために海底には無数のアワビが生息していました。小谷兄弟はモントレーで本格的にアワビ漁を展開。当時アメリカには存在していなかった潜水器具を使った漁を初めて行い大成功をおさめます。当初は干しアワビを生産し中国や日本に出荷していましたが(これはアメリカの規制により1915年に禁止される)1900年代初頭には食用に適した加工法(やわらかく食べる)を開発し缶詰として発売し始めたところ、評判を呼び全米に出荷し最盛期には4つの工場を経営していました。当時アメリカを訪問した高松宮家をはじめ、竹久夢二などの著名人もこの工場に立ち寄った記録が残っています。

ところがカリフォルニア州政府はアワビに大きさの制限や販売エリアの規制などをかけ始め、また移民に対する土地没収や商業規制なども強化し、何と1931年には4つあったアワビの工場は全て閉鎖、そして第2次世界大戦での排日命令により、日本人が立ち上げたカリフォルニアのアワビ漁の実態そのものが歴史からすっかり葬り去れてしまいました。 アワビ漁自身はその後もヨーロッパ移民やメキシコ移民、そしてもちろんアメリカ人の手によって継続されましたが最終的には乱獲がたたり絶滅の危機に陥ったために1994年にカリフォルニア全域で全面禁漁になりました。 ちなみに1994年以降はサンフランシスコから北、オレゴンボーダーまでの間でリクリエーショナル目的での漁は可能。ただし年間24個一日3個までという数量と大きさも7インチ以上という厳しいルールがあります(2017年現在では年間捕獲数12個まで激減)。

さて、戦後70年以上が過ぎ、それまで少しずつアメリカ人の歴史研究家により調査されてきたこのアワビ漁の歴史が、ちょうど100年の歳月を経て、まさしくアワビが全面禁漁になった1994年に小谷兄弟のカリフォルニアモントレーエリアでの産業発展の功績をたたえる記念式典で再度脚光を浴び(今では自然保護区となっている工場跡地はKODANI VILLAGEと命名されています)、その後多くの研究家や日本のNPO法人によって文章にまとまられるまでに至りました。

 

このような背景があることを知って、自分も、こちらでアワビHUNITNGをしている日本人として、そんなDNAが体の中にはあるのかな?などと思ってしまいましたが、それより今から100年以上も前にアメリカでリソースとビジネスの可能性を見出し、会社を立ち上げ、日本からの潜水士(エンジニア)を招請し、同時に現地の人材を育成、新しい製品を開発し、インフラも商習慣もまったく異なるアメリカという地で、見事に起業して成功した大先輩達がいたことを誇りに思いたい。残念ながら第2次世界大戦という大きな節目のために葬り去れてしまった彼らの功績は、まさしく今の起業家魂に通じるものがあると思うし、このようなスピリットはこの先もずっと大切にしていく必要があると思いました。

ちなみに本内容のほとんどは、上写真の日本のNPO南外房文化財.戦跡保存活用フォーラムがこのあたりの交流と歴史的な流れをまとめ2005年に出版した「太平洋にかける橋」、そして今や絶版のCALIFORNIA ABALONE INDUSTRY(自分は持ってます)という本を参照させていただきました。

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