国内に限定する状況を憂う

本業であるプロジェクトベースの資材調達ではアメリカに進出した日系メーカーの製造プロセスに使用、もしくは関係する商材を日本中のベンダーから調達している。勿論アメリカへ既に代理店や進出をしている企業のものもあれば中小メーカーの品々も多い。それぞれ日本に於いて既に実績のある、もしくは使い勝手がよくアメリカでは同等品が手に入らないものが殆どだ。そのような依頼を見ていると如何に日本の製品が優れているか、特に製造プロセスに関して言うと綺羅星のようなアイデアや工夫でアメリカの感覚では「なかなか考えられないだろうな」的な商品も数多い。例えばミツトヨに代表される測定器や、耐久性や精度を要求される圧力計などの計器類、また、ちょっとした用途で使用する工具や老舗のタキゲンが得意とする蝶番やファスナー類なども本当に優れモノが多い。これらは既に知名度を得ていたり既に進出を果たしているメーカーのみならず、中小町工場の持つ商品でも同じ事が言える。そんな数々の商材の調達で、都度指定されたメーカーにコンタクトを取っているのだが…

「弊社の商品は海外への販売はしません」
「弊社は海外との直取引はしません」

という会社が実に多いのだ!!!勿論「国内の商社を通してくれ」という会社もあるが、それらを含めると正直なところ、大体8割ぐらいがそんな感じ…。

確かに、お金の回収や製品の出荷、サービス対応の問題など海外との取引にかかわるリスクは考えられなくもない。加えて少ない需要に対して海外との取引の為に特別な人員の配置や分掌も必要になるかもしれない(間違いなくこのあたりがその理由だろう)。もしくは日本国内で十分に売り上げも確保できているので、あえて海外に販売をする必要も無いのかもしれない。

しかしながら製品が海外でも販売できるというのは、ものすごいチャンスとなる可能性がある。もしかしたら新しい海外における需要、そして国内の何倍もの売り上げにつながるかもしれないのだが、このような商機に対応ができない企業が多いのは本当に残念な気がする。
ちなみに自分は消耗品などを中心に同じような引き合いを韓国や台湾などの企業に出すことがあるのだが、彼らの場合、殆どの場合一つ返事でOKがくる。海外への展開に関しても積極的で、しっかりそのような体制づくりもできているのであろう。このあたりの状況が日本を除くアジア勢の好況にもつながっているような気がする。

私が元務めていた会社は神奈川県の町工場だ。そこのオリジナル商品がヒットし海外からの引き合いが増えてきた。勿論、最初は海外の販売など毛頭考えていなかったのだが、そこに商機を見出し最初は日本の大手商社と契約して海外販売の基本を勉強した。需要が増えてきたところで、アジアを中心に独自の支店設立を展開し業績を伸ばしてきた。その会社の先鋒として私自身もアメリカに赴任。90年代は市場開拓に奔走。勿論、会社の業績を伸ばすことが目的だったが自身の経験やアメリカでの組織運営など本当に勉強になった。これは会社にとっても貴重な財産になったと思う。それだけでなく製品自身も海外の需要に応えながらローカライズし遠隔地でのサービスを考慮した結果、品質や性能も向上した。この蓄積が新たにグローバル企業としての成功にもつながったのだと思う。

勿論、上記に挙げた理由のように各社それぞれの言い分はあるだろう。また海外企業や顧客との取引は当然色々なリスクが伴う事も事実だ。しかしながら最初は商社や代理店を経由しながらでも少しづつ実績を増やしていけば、自社製品の海外における位置づけも把握できるし、海外事業展開への可能性も見いだせるはずだ。サービス面での対応や出荷費用の問題など、新たに発生する事も多いと思うし実際には難しい局面もあるかもしれない。でもやってみなければ分からないし駄目であれば諦めればよい。
今ではJETROをはじめとして海外事業展開をしっかりサポートしてくれる機関も多いので、そのようなところを利用してみるのも一案だろう。
市場はやはり自ら獲りに行くのが原則、先ず「引き合いが来たら、とりあえず海外への販売をスタートしてみる」。という意識をぜひ持ってほしいと思うのだ。

かつてSONYは、1960年代にトランジスターラジオを武器にアメリカ市場に乗り出して成功をおさめ今の礎をつくった。HONDAも世界に進出すべくヨーロッパの著名なオートバイのレースに参戦。アメリカでは低燃費のCVCCエンジンで厳しい規制をクリアして市場参入し今の日本車の地位を確立した。
勿論、大企業のチャレンジに倣えとは言わないが、もしかしたら、このように大成功を収める可能性のある商品やサービスもあるかもしれない。是非ともリスクを恐れず海外に飛び出す志を持ってほしいと思うのだ。

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事業継承補助金交付のNEWSで考えた。

6月の終わりに経済産業省が後継者不足で事業継承に悩む中小企業に対し、それを引き継いだ地方移住者に優先して最大500万円の補助金を交付するというNEWSを読んだ。勿論自分の分野である製造業とは異なる業種も多数あるかと思うのだが、う~ん、このあたりの精査、例えば本当に継承する価値のある事業を選定しての継承なのか?将来的に本当に地方の産業に貢献できるようなポテンシャルのある事業の継承なのか?まあ、それなりにしっかり吟味の上の補助金交付であると願いたいが…。また引き継ぐ地方移住者は、それなりにクォリファイされた人材なのか?この部分も不明だが、この企画が単に補助金という貴重な税金からの財源のバラマキに終わり、地方にゾンビ企業を増やしてしまう結果にならない事を祈るばかりだ。
確か2年ぐらい前だったか、東京都の大田区の行政をサポートしている方から、同地のグローバル化について相談を受けたことがある。多数ある町工場の廃業や閉鎖に歯止めをかけ何とか新しい方向性を見出したいとの希望での依頼。で、色々状況を聞いて驚いたのは、当時の大田区エリアには中小町工場が約5,000社があり、そのうちの4,000社は従業員が10人以下の本当の零細企業だという点だ。失礼な言い方だが、要は、そのような会社が綿々と生き続けていける土壌があるという事だ。それは行政の支援なのか?補助金なのか?それとも潤沢な仕事があるからなのか…。このあたりの詳細は分からないが、そこからは次世代に向けて新陳代謝しているという地域の状況は全く感じられない。開業している会社も、もしかしたら潤沢な保護を受けて延命することが生業になっているのではないか??
これでは企業の廃業は自然の摂理のごとく、ある意味当然の流れだし少なくとも従業員10人以下の4,000社もの会社が存続ていること自身、不自然に思われたので、「どうする事もできません」ときっぱりとお断りした。
(2年前の話なので、今は状況が違う!という事であれば是非また話を伺いたい)

この大田区に限らず、こちらで製造業を中心とした日本の中小町工場の皆さんとお会いして感じることは、日本は中小企業に対して本当に種々にわたる補助金という素晴らしいシステムがあるという事だ。ただ、これが本当に意味のある方向に使われているのか?ここは甚だ明確さに欠けている感がある。最近では補助金の交付が発表されると、わけのわからない怪しいコンサルタントが暗躍、提出資料作成のサポートをして利ザヤを稼ぐとか、ひどい場合には金融機関が交付された補助金を担保に融資ができるために、その作業を手伝っているとか訳の分からない話も沢山耳に入ってくる。又、交付された補助金が、本来の事業発展の為ではなく、延命処置となっている感が否めないという状況も多々あるようだ。まあ、これは今に始まったことではないと思うけど…。

もちろん、これらの補助金を有効活用し、若手従業員の育成や、新規事業開発、そして新たなグローバル展開に向けての軍資金として実際に成果を出している会社も知っている。
補助金は、本当に素晴らしい制度だと思うので、是非有効活用をしていただきたいし、そのためには交付する側もより一層の厳重な精査の見直し(少なくとも代替者による申請書類は認めないとか)、なども徹底して行ってもらいたいと思う。元を考えれば国民の皆さんから徴収した貴重な税金なのだから。

ちなみに未だに2000社以上の中小製造企業が集約しているシリコンバレーには私の知る限り補助金という制度はない。激変するハードウェアの需要環境に追従できず受注が取れなくなった会社は当然廃業だ。リーマンショック前は景気もよく、そんな企業が4000社はあったと思う。それが淘汰されての2,000社。皆しのぎを削って生きている。だから相当にタフだ。彼らは廃業した会社から人材と設備を引き取り力を増強。今度は、そこからスピンアウトした連中が新しい工場を立ち上げて新規の顧客を獲得し動き出す。まさに弱肉強食の世界で活発な新陳代謝が常に起こっている。これこそまさに世界の先端を行くIT産業のメッカを支えている製造業のエコシステムだ。

果たして潤沢な補助金に安穏とした感のある日本の中小町工場に、このシリコンバレーの状況を打破してでも乗り込んでくるような企業はあるのか??

自分は、今そういった気概のある企業の発掘を応援するプロジェクトに携わっているのだが、自分が常々思っているのは「日本の製造業が世界で負けるはずがない」という事だ。にも拘わらず、安穏とできることで自ら機会や実力を逸している状況が沢山ある。ここに何とか光を当てて意識を持たせ、一社でも多くの中小町工場のアメリカ進出を後押ししたい。そのために出来れば、このようなプロジェクトにこそ、生きる補助金の交付を検討いただければと思う次第である。

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幕末の激動に学ぶ!

今年の大河ドラマ「西郷どん」が盛り上がっている。アメリカでタイムリーに番組を見るのはなかなか大変だが、久しぶりに週末の夜が楽しみだ。自称、幕末オタク(笑)の自分は、未だに傾倒している司馬遼太郎先生の、このドラマと同じテーマで描かれた「跳ぶが如く」をはじめ、「竜馬がゆく」「花神」「世に棲む日日」等々、幕末を題材にした小説は殆ど読破したが本当に印象深い名作ばかりだ。
そんな司馬先生の著作で、自らが題材にしてきた主人公を評した「手掘り日本史」という短編があり、その中に坂本龍馬について「彼にとっての討幕は、実は革命を起こして日本を改革するのが本来の目的ではなく、グローバルな商社を起業して世界を相手に貿易する夢の実現の為だったと思われる」というくだりがある。確かに龍馬は亀山社中という日本初の株式会社(長岡藩と越前藩が出資)を設立したのだが(同社は幕末の激動の中で消滅)、そこから更なる展開を計画し、そのために当時で言えば各地にある藩(大企業)を脱藩(スピンアウト)し、自分のグローバル企業設立という目標達成の為の国家改革(開国)を目論んでの活動だったと思われる史料や形跡があちこちに残っているというのだ。これは非常に興味深い。

引用が続くが、日本を代表する漫画家、手塚治虫先生の名作「陽だまりの樹」は、江戸時代後半に医師として活躍していた彼の子孫を通じて幕末の動乱を描いた作品。この題名は、「陽光を浴びてぬくぬくと時代と共に巨大に育った大樹は外見はしっかりしているように見えても内部は既にシロアリに喰われたり朽ち果ててボロボロになっている」という江戸幕府をたとえたもの。そんな大樹を倒すために立ち上がった幕末の若手志士たちの物語だ。

藩が当時における大企業と考えれば、それを統括し300年続いたコングロマリット的存在の江戸幕府、それにケイレツのごとく従属する保守派の諸藩を倒し、新しい時代を興すために薩長土佐など革新的意識を持った藩(新興企業?)や龍馬のようなアントレプレナーたちが活躍したのが幕末の激動だったとも言えるだろう。

さて、前置きが長くなったが、先般「話を伺いたい」いう中京地区に本社がある鋼材を扱う一部上場商社の駐在員社長一行に会った。同社は自動車関連の顧客がメインで日系の製造工場周辺を中心にアメリカにも数か所事務所を持っている。年齢的には自分ぐらいか少し上の60前後だろう。彼らには何のしがらみもないので、この地で感じる日本の自動車産業の危機的状況やTOYOTAが無くなる日が来てもおかしくないという本音の話を小一時間ほどしたのだが、その間、連中は一言も口を開かず、憮然とした表情で「日本の自動車産業が無くなるなんて、そんなバカなことがあるわけないだろ。アホかお前は!」と言いたげな感じを終始醸し出していた。自分もその横柄な態度が頭に来たので挨拶も早々にその場を引き上げたのだが、この手の大企業駐在員の社長(もしくは管理職)がシリコンバレーにも実に多い。
勿論、半導体関係を中心に、こちらに10年以上駐在し根を張って本気で奮闘している尊敬できる社長も何名かおられるが、3年~5年といった期間で50代を過ぎて駐在している連中からは、残念ながら帰国後の円満退職を意識し保身に走り決してリスクを取らずカリフォルニアの陽光にワインと週末のGOLFをエンジョイしているイメージしか感じられない。特に自動車関連では大手メーカーをはじめT社の電装品を扱うTier1など多くの企業が50代過ぎの駐在員をTOPにオフィスを構えてるが会社の看板掲げて態度偉そうでも存在感は皆無だ。危機的状況が垣間見える同産業において、この先数年後に来る大変革に対して的確に状況を見据え判断ができるTOPがいなければ将来は無い。また、判断ができてもそれを実行できない、もしくは同じような管理職を多数擁し井の中の蛙になりかけている親元を動かすことができない輩が、法外な家賃と生活費を払ってまで、こちらに居ても何の意味もないし、そういう浪費に気づかない日本の本社も終わっていると思う。
先の商社社長のように、自分と同世代の大企業の面々が自動車産業の未曽有の危機に直面している状況に安穏としている様子を見ていると本当に残念でならない。

こうなると、頼みの綱は、やはり若い力だ。シリコンバレーのオフィスを構える関連企業大手の中にはY社やS社のように若手の精鋭に責任を任せ、時代や環境を読み取る鋭い感性と行動力で社内改革を含めてバリバリに動いている会社もある。偉そうだが、こんな企業の将来は期待できそうだ。
反面、この激動の時代の大役に、状況を的確に判断しスピード感にも追従できる気丈な若者を擁立できない会社は既に「陽だまりの樹」だろう。
そのような会社から自信のある若者は一日も早く龍馬のようにスピンアウト、もしくは長州藩の奇兵隊のごとく伸びそうな事業(部隊)をカーブアウトする作戦を是非検討してもらいたいし、若手スターアップ企業との連携などで保守的な企業の破壊と創造も何とか推進してくれたらと思う。加えて、多くの革新的若手スタートアップの勃興にも期待したい。

幕末の激動期に日本を動かし改革を実現したのは多くの犠牲を払いながらも、西郷、大久保、桂、坂本をはじめ殆どが20代、30代の若者たちだった。
シリコンバレーも然り。YAHOO, GOOGLE, FACEBOOK, APPLE,DROPBOX等々、世界を変える多くの企業を興してきたのも20代30代の若きCEO達だ。

既に我々には明治維新という実績もある。是非とも若い力で、日本にとって最後の牙城である自動車産業の破壊と創造に怒涛のように押し寄せる中国をはじめとした新興国や、連携を強めるヨーロッパ勢から死守し、その勢いでさらなる日本の再構築をも実現してほしいと思う。

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リスクを取る事ができるか?

少し前の話になるが、1月に日本で開催されたEV/次世代モビリティ関連の展示会場にて、久しぶりに親友のS君に会った。日本でかつては町工場の中心的産業であったメッキ業を営む工場の2代目。彼の会社、シルベック(旧シルバーメッキ工業)は荒川区にあって50年の歴史を誇る下町メッキ業界の中心的存在だった。化学廃棄物の産出による環境問題や、需要の衰退などで斜陽の産業といわれたメッキ業界で、何とか生き残りをかけ工場の合理化と刷新を図るべく2008年に都内から埼玉県の八潮市に移転。それに加えて2011年には、まだ需要の予測が見えづらかったタイへ進出し工場を設立。慣れない外国で環境問題に絡むレギュレーションによる障壁や従業員の教育、思うように進まない需要開拓など、本人が自らの時間の殆どをタイで費やし本当に辛酸をなめながらの苦労を重ねてきた結果、日系大手のHVAC生産やアジア勢による新規自動車産業からの需要等を見事に取り込み、現地における独自性もあって今や順調に業績を伸ばしている。そんな順風満帆の彼が、まさしく次世代需要の開拓をすべく新規産業のネタが溢れるこの展示会では、まさに会場にへ張り付いて徹底的にリサーチをしていた。

「景気の良い時だからこそ次を真剣に考える!」

様々な苦労してきた彼自身が持つ本能的なアクションかもしれないが、自分がいつも主張している事を具体的に実行している彼のような経営者がいれば「まだまだ日本も行けるぞ!!」という思いを新たにできて心が熱くなった。

今年の1月には経済産業省の素形材センターとD-LABが主導したシリコンバレー視察ツアー、2月には同じ経産省の飛躍ツアーで、選ばれた中小町工場のオーナーやスタートアップの起業家たちと接する機会があった。特に進出に意欲的な企業の方々とは、いろいろ突っ込んだ話をさせていただいた。加えて今回の参加企業の中には今すぐ行動すれば間違いなく世界を獲れる!と思われるところもあった。ただ、やはり感じたのは今の日本の景気の良さから出てくる「ぬるま湯に浸かった感」だった。

確かに中国の爆発的な半導体需要や2020年を控えた公共事業を中心とした特需で今の日本の中小町工場はめちゃくちゃ景気が良い。言い方を変えれば忙しすぎて海外進出なんてとても考えられないし、そんな余裕もない!というのが本当のところなのだろう。しかし、そんな時だからこそ時間を無理に作ってでも2020年以降の事を考えてほしいという事を、このブログを通じて、そして機会のある毎に何度も何度も何度も何度も主張してきた。正直、状況はとにかく待ったなし。既存のビジネスを少し減らしてでもシリコンバレーに限らず中国の動きに注目するなど具体的なアクションを起こす。そして可能性がありそうなら、とにかくリスクを取ってみる!そんなTRY QUICKLYな姿勢と志が今一番必要な気がする。

自分の好きなブロガーの永江一石さんの投稿で日本で大ヒットしたドラマ「陸王」に関する記述があったのだが実は自分も製造業の立場で同感だった。要は同じ事の捉え方の違いなのだが、こはぜ屋の宮沢社長は「社運をかけて皆一丸となって成功を求め新規事業に参入した」のではなく「社運をかけて新規事業というリスクを取った」という解釈だ。彼は自分たちが今まで培ってきた技術を生かし資金繰りやチームの構築を含め未知のものに挑戦するというリスクを取ったのだ。前述のS君も未知の国で既存技術の経験と独自性でリスクを取った。その努力の成果が今開花し更なるチャレンジへとつながっている。

正月が明けて早2か月が経過してしまったが、今年はそんな「リスクを取る」事に果敢に挑む会社や起業家に、出来るだけ多く会えることを期待している。

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現場を知って10%の可能性を捜せ!

2年前からTESLAのGIGAファクトリー内でセル生産を手掛けるPANASONICのプロジェクトに携わっている。特に今年は急ビッチで進む動きに息もつけないような忙しさだった。一辺が1キロ近くある世界最大の電池工場に総工費2000億円以上をかけた大プロジェクト。日本から常時400人近い出張者が入れ替わりで常駐し、昼夜週末を問わず立ち上げ作業に従事している。
アメリカに来た30年近く前、自分がメインで携わっていたのは当時世界を席巻していた日系TVメーカーのアメリカ/メキシコ工場の品質管理プロセスの立ち上げだった。最盛期のSONYはサンディエゴに近接するメキシコ、ティファナの工場に3,000人以上の従業員を有してトリニトロン技術のTVとPC用ディスプレイを生産。アメリカ市場に確固たる地位を築いていた。SONYのみならず、PANASONIC, HITACHI, JVCなど、最盛期には日本メーカーだけでアメリカのシェア40%。物凄く勢いがあり若い自分は各社のプロジェクトに携われたことが本当に嬉しく夢中になって仕事に没頭していた。今回のプロジェクトは, そんな当時の自分を彷彿させる。この歳になって日本企業の壮大なプロジェクトに再び参加できることは本当に嬉しく老体に鞭打って(笑)頑張っている。

ところで今回のプロジェクトにおける自分のミッションは、生産現場における必要部材の日本および海外からの調達と消耗品や生産技術関連治工具生産の現地化だ。特に後者は、日本から搬送し設置された巨大な生産設備とプロセスラインに使用するパッキン等の消耗部品をこちらでも調達可能にしようというもの。切削部品やプレス部品など日本の協力工場で作られていた多種の部材を自分の地元であるシリコンバレーの町工場での生産に切り替える試みだ。

以前から何十回も言い続けているが、シリコンバレーはITのメッカだけでなく、実はハードウェアの一大生産拠点。70年代から半導体産業をつかさどる生産、製造設備の殆どがこの地で作られてきた。そしてその状況は今も変わっていない。クリーンルームで使用される高精度な設備に使用される部材、メディカル機器に使用されるチタンをはじめとした特殊材料の加工や精密板金加工、I-phoneをはじめとした超精密実装などは、正直言ってお手の物だ。そんな事ができる町工場が未だに2,000社以上存在している。実際のところ今回の依頼に関しても、殆どの部材が製作可能。日本では未だ一般的なメートル法の紙の図面でも(勿論DXF等のファイルがあればさらに簡単)対応してしまうところがすごい。現状約90%は現地化を実現できている。

ただ、そんな中、自分も携わってきて分かったことは、残りの10%近くは確実に日本にアドバンテージがあるという事だ。これらの部材は実際に日本の町工場に製造のお願いをしている。

例えば、まず加工材料からいくと圧延されたSUSの鋼材など寸法や公差の精度は日本のものが圧倒的に優れている。ものにもよるが同じ板材で測定場所で0.2mm程度の誤差は一般的。そして日本基準の1.0mm厚の鋼材はアメリカには存在しない。またSUSの5㎜角の棒材なども自分の知る限り入手は不可能だ。加えて日本が誇るプラスチック材料でも耐熱部材(例えばポリアミドロイドなど)はDUPONTなどが商品を供給しているが、ユニチカのUNILATE等の特殊硬質部材は、あまり一般的ではない為、加工部材として少量の入手が難しかったりする。コスト面では板金加工など圧倒的に日本の方が安価だ。このあたり輸送費のコストがかからない小物などは確実に可能性があると考えられる。最後に納期も現状アメリカにおいては暗黙の了解的に2週間というのが一般的で日本で言う即日製作や5日以内の短納期というのは殆ど存在しない。つまり、このような現場の状況を具体的に精査して知る事ができれば、日本の技術や生産体制でアメリカでも勝負できる可能性は十分あるという事が言える。上記の例からだと全体のわずか10%程度かもしれないが、それこそ探せばまだまだ山のようにあるはず。そして追従を許さない製造技術や製品があれば恒久的な需要も見込めそうだ。勿論、そこに食い込んでやろうという志はいつも言ってる通り一番大切になるが…。

昨今の日本の中小町工場は2020年のオリンピック景気や中国の空前の半導体需要など国内景気の良さもあって、少しグローバル化に対する意識が薄れている気がする。行政の支援活動を通じて、また実際に話を聞いても残念ながらその傾向が顕著だ。しかしながら、確実に押し寄せる自動車産業の破壊と創造、中国の深圳地区に見られるICTを駆使した新しい「ものづくり」のインフラと開発、製造力の強大化を考えると来たるべき日本の製造業における革新とグローバル化は間違いなく必須。そして、それを今実行に移すか移さないかが将来を握っていると言っても間違いではあるまい。

2017年もあと少しで終わろうとしているが、2018年は更に世界の動きに目を向けて自身の武装と将来の展望に関して関心を持つことが重要だと思う。上記のように現場を知れば、今ならまだまだチャンスはある。この芽が他のアジア勢に摘まれないうちにアクションを起こせるかが生き残りのカギになると強く言いたい。

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葬られていた100年以上前に大成功した日本人起業家の話

初出稿は2009年に自分のBLOGに書いた記事ですが、日本人として
自分たちの大先輩は100年以上前からグローバルな志と起業精神を持っていた証として、この素晴らしいスピリットは継承していかないと!!!という事で再掲載します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

自分のもっとも好きな趣味の一つである狩漁系ダイビング(潜って魚貝を獲ってます)のなかでもカリフォルニアを代表する獲物であるアワビについて、その背景を調べていたら、そのアワビ漁のルーツにに日系移民の起業家が非常に深くかかわっていることがわかったので是非紹介したいと思います。

1994年まではカリフォルニアのアワビ漁は商用目的で大々的に行われていましたが、乱獲から絶滅の危機に陥ったために禁漁になります。このアワビ漁ルーツ、実は日本の南房総、白浜の海産物商の兄弟によって1890年代今から100年以上前に始められたものでした。1890年の初頭に日本から移民した人が、カリフォルニアはモントレーの海岸に無数に生息するアワビを発見!これは絶対に事業になると確信し、南房総で海産物商を営む小谷兄弟を招請しカリフォルニアのアワビ漁が幕を開けました。当時アワビはラッコの餌か中国人が食用で少し取るばかりで、焼けば長靴のゴム底のように硬くなってしまい誰も見向きをしなかった代物だったそうです。おまけに北カリフォルニアの水の冷たさもあり当時は誰も手を出さなかったために海底には無数のアワビが生息していました。小谷兄弟はモントレーで本格的にアワビ漁を展開。当時アメリカには存在していなかった潜水器具を使った漁を初めて行い大成功をおさめます。当初は干しアワビを生産し中国や日本に出荷していましたが(これはアメリカの規制により1915年に禁止される)1900年代初頭には食用に適した加工法(やわらかく食べる)を開発し缶詰として発売し始めたところ、評判を呼び全米に出荷し最盛期には4つの工場を経営していました。当時アメリカを訪問した高松宮家をはじめ、竹久夢二などの著名人もこの工場に立ち寄った記録が残っています。

ところがカリフォルニア州政府はアワビに大きさの制限や販売エリアの規制などをかけ始め、また移民に対する土地没収や商業規制なども強化し、何と1931年には4つあったアワビの工場は全て閉鎖、そして第2次世界大戦での排日命令により、日本人が立ち上げたカリフォルニアのアワビ漁の実態そのものが歴史からすっかり葬り去れてしまいました。 アワビ漁自身はその後もヨーロッパ移民やメキシコ移民、そしてもちろんアメリカ人の手によって継続されましたが最終的には乱獲がたたり絶滅の危機に陥ったために1994年にカリフォルニア全域で全面禁漁になりました。 ちなみに1994年以降はサンフランシスコから北、オレゴンボーダーまでの間でリクリエーショナル目的での漁は可能。ただし年間24個一日3個までという数量と大きさも7インチ以上という厳しいルールがあります(2017年現在では年間捕獲数12個まで激減)。

さて、戦後70年以上が過ぎ、それまで少しずつアメリカ人の歴史研究家により調査されてきたこのアワビ漁の歴史が、ちょうど100年の歳月を経て、まさしくアワビが全面禁漁になった1994年に小谷兄弟のカリフォルニアモントレーエリアでの産業発展の功績をたたえる記念式典で再度脚光を浴び(今では自然保護区となっている工場跡地はKODANI VILLAGEと命名されています)、その後多くの研究家や日本のNPO法人によって文章にまとまられるまでに至りました。

 

このような背景があることを知って、自分も、こちらでアワビHUNITNGをしている日本人として、そんなDNAが体の中にはあるのかな?などと思ってしまいましたが、それより今から100年以上も前にアメリカでリソースとビジネスの可能性を見出し、会社を立ち上げ、日本からの潜水士(エンジニア)を招請し、同時に現地の人材を育成、新しい製品を開発し、インフラも商習慣もまったく異なるアメリカという地で、見事に起業して成功した大先輩達がいたことを誇りに思いたい。残念ながら第2次世界大戦という大きな節目のために葬り去れてしまった彼らの功績は、まさしく今の起業家魂に通じるものがあると思うし、このようなスピリットはこの先もずっと大切にしていく必要があると思いました。

ちなみに本内容のほとんどは、上写真の日本のNPO南外房文化財.戦跡保存活用フォーラムがこのあたりの交流と歴史的な流れをまとめ2005年に出版した「太平洋にかける橋」、そして今や絶版のCALIFORNIA ABALONE INDUSTRY(自分は持ってます)という本を参照させていただきました。

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AI時代は製造業のチャンスだと思う!

AIがブームになって久しい。今では日常のニュースでもAIの言葉を聞いたり見かけたりしない日が無いくらい話題になっているというかバスワードになっているというか、とにかくその勢いは留まる事を知らない感じ。単純に、このあたりには正直疎い自分の感覚では、AIのゴールとは知的(高給)職業の凌駕にまずフォーカスされていくのだな~というイメージが強い。例えば過去の判例の物量リサーチが仕事の多くを占める弁護士や、症例などの解析が重要なお医者さん、または数字の解析がポイントになる会計士やアナリスト、投資家などの領域がどんどんAIに置き換えられていく感覚だったんだけど、実はAIの隆盛は、この領域には全くとどまらず、それこそ多岐にわたっていることは、自分もそうなんだけど、あまりきちんと認識されていないような気がする。まあ自分の場合は勉強不足だという事が一番大きいのですが…^^;;
例えば、日進月歩で開発が進み、GOOGLEのWAYMOやUBERをはじめ、多くの企業が参入している自動運転車は、まさにAIが必需品だ。シリコンバレーにはCRUSE AUTOMATION (GMが1000億円で買収)やZOOXといった車載AIの分野でかなり吐出しているスタートアップがあったり、INTELが買収したMOBLE EYEもこの分野の先駆者的存在である。要は人間の判断の代わりにAIが、その日の天気やカメラやセンサーが捉えたデータにより、障害物が人であるか物体であるかを見極めたり、暗い状況がトンネルの中なのか夜なのかを判断したりする部分がAIにゆだねられていくわけだ。そのためには膨大に収集されたデータを的確に処理できる能力が不可欠になってくる。
同じように産業面に目を向ければ、工業用のロボットなどAIを利用することによって、蓄積された動作のデータから究極的にミスを減らしたり、動きの無駄を省くことができるようになり生産工程の品質向上に間違いなく貢献していくだけでなく、人件費の削減やヒューマンミスも防ぐことが可能になる。また家庭用のロボットや将来的にますます増えてくるであろうヒューマノイド(人型ロボット)は、AIによって間違いなく知的になり、家でも階段を上り下りして家の隅々まで掃除できるロボットがでてきたり、公共施設で活躍する案内ロボットや簡易作業ロボットが、かなりのスピードでお目見えしてくることは容易に想像できる。
ところで、このような状況を考えた時、これは製造業にとって非常に大きなチャンスではないか?と思えてならない。書いてきたようにAIによって頭でっかちになった製品(個体)には、それに見合った手足や駆動部が確実に必要になると考えられるからだ。例えば、目の前の段差を判断したり階段を認識できるAIを搭載した新型の掃除ロボットには、認識した段差を超えたり階段を登れるようなハードウェアの機能が必要になる。この部分に新たなメカ部品が必要になってくるわけだ。工業用ロボットも人間の産業に置き換えられるスムーズな動きが要求されるし、ヒューマノイドに至っては、その傾向が顕著で、例えばセンサーによって触れたものの硬度や温度などを感知して、それがどのようなものかを判断できるAIが搭載されたとしても、それを判断によって優しく掴んだり、しっかり握りしめたりする事ができるグリッパーが無ければ、その機能を十分に発揮することはできない。そのためにはあくまで人間の手の感覚や動きを具体化できる微細加工や組み合わせ技術などが重要になってくるわけだ。もしかしたらこのあたりって日本の中小町工場が得意としてる分野ではなかったかな??などと強く思えてしまう。無理やりのこじつけに聞こえてしまうかもしれなけど、まさにAI時代には新たな製造業のチャンス到来ではないか!?

特にシリコンバレーでは、分野を問わずAIのスタートアップが無数にあるがその中でもJIBOやANKIといったFAMILYロボット系の会社、またメディカルロボットなどを手掛ける企業などAIを軸としたハードウェア製造会社もきっとたくさんあるだろう。こういく会社にはもしかしたら日本の技術が参入できるプロジェクトが沢山あるように考えられる。勿論参入する気があればだけど(皮肉っぽく…^^V)  要はこのあたりのマーケティングだと思う。

民間工芸が百花繚乱のごとく発展し隆盛を極めた江戸時代の工芸品に、印籠(根付)、キセル、櫛、からくり人形などと比べるとあまり有名ではないが「自在置物」というのがある。
これは、その昔、兜や甲冑を製造していた職人に需要が無くなったので、その技を生かして、龍や昆虫、甲殻類などの置物を作り始めたのが起源だと言われているが、その素晴らしいところは、本物の生き物のごとく、それらの体節や関節が自在に動くところにある。これ実物見ると本当に驚嘆に値する出来栄えと精巧さなんだけど(是非検索してみてください!)、日本の精密加工の凄さをみていると以前から日本の加工技術にはこのあたりのDNAが間違いなく流れていると思えてしまう。まさにこれからのAI時代において、この日本の中小町工場が持っているであろうDNAが、再び世界でよみがえる事を何とか期待したいものだ!

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人件費の在り方を再考してはどうだろうか?

既にかなり知られた事実だが、シリコンバレーのここ数年の人件費の急騰は本当に凄まじい。平均日本円で1500万円。マネージャークラスで2000万円越えは当たり前といった状況。APPLEやGOOGLEで大体平均プラスαだが、FACEBOOKに至っては1700万円ぐらい@@!新興勢力の映像配信のネットフリックスやシェアライドのUBERでも給料の平均値はFACEBOOと肩を並べているそうだ。
とにかく日本から見たら破格! 確かに近年の好景気の影響による給与の高騰は、ここで生活するすべての価格を押し上げている。顕著な例が住宅費で、シリコンバレー界隈の家賃は日本で言う2LDKでも月平均$3,000前後、サンフランシスコでは同じ間取りで$5,000はくだらないらしい。それでも住宅の供給が間に合っていない状況だという。年に$36,000(日本円で400万円?)が手取りの中から消えていくわけだから、上記くらいの給料をもらっても、生活的には楽とは言えないのが現状だ。特に私のようなずっと地道に商売を続けている庶民にとっては、所得と比例せずに生活コストが急激に上がるので、かなり窮地に立たされている…ホントの話。

勿論、各企業もここまで高い給与を払うのは、それに見合う優秀な人材を世界中から確保するためだという事は明白だ。 そのために熾烈な給与競争をしているように見える。しかし、いままで夢でしかなかったものが物凄いスピードで現実化している状況を見ると、どれだけ早くニーズのある商品やサービスを開発して市場に出すことができるか?これこそがまさに生き残りをかけての熾烈な争いとなっているのだ。そのためには人件費に大枚をはたいてもサービスや商品が1日も早く世に出で勝負を制すことができれば、何倍もの利益になって戻ってくることが目に見えているからだ。

シリコンバレーの企業にとって人件費は間違いなく”投資”だ。

翻って日本の企業はどうだろうか?自分は日本を長いこと離れているので現状の詳細は分からない。最近は急成長のIT系企業なども多く、少なくとも以前に比べれば給与所得は大きく成長しているように思われるが、よく聞く話は未だに年功序列の体制がそのまま継続、勿論定期ボーナスというある意味独特の制度によって利益の配分もされているとは思うのだが、それでもこちらと比べるとはるかに低いようだ。う~ん、それで社員のモチベーションは十分に上がるのだろうか?もしくは物価レベルを考えれば、所得は相応なのか???このあたりは想像でしかないが、、感覚的には

日本企業の人件費は未だに”コスト”として考えられているのではないかと思えてしまう。

90年代から2000年代にかけて、日本の技術が喉から手が出るほど欲しかった韓国企業は、日本の優秀なエンジニアを5倍から10倍の高額な報酬でハンティングし、そこで得た技術を液晶をはじめ最近ではLGやSAMSUNGがバッテリーに活かして世界的に高いシェアをたたき出している。方法はどうであれ彼らも先行投資をして今の地位を確立しているわけだ。確かにやり方はえげつない。ただ、それを守る事が出来なかった日本勢にも問題はあるのではないか?「会社の為、しいては日本の為」という理由の説得だけで社員の抱えるローンや養育費を賄う事が満足に出来ない状況に対応できなかったのではないか?余計な事だが、そんなことも考えてしまった。

さて、随分前置きが長くなってしまったけど今回言いたかったのは、このあたりの旧態依然の人件費の在り方を、特に中小企業においては、もしかしたら再考する時期が来ているのではないかという事だ。 多くの中小企業や町工場のオーナーの皆さんとの交流の中で、この激動の時代にキラ星のように生かせそうな本当に優れた技術や商材をもつ会社が沢山ある事を実は常々感じている。ものづくり立国として立ち上がってきた実力も十分にある。しかしながら現状、マーケットインが主流になっている点、加えて優れた技術をさらに実用化できるパワー不足などもあり、本当に流れに乗れていないと思うのだが、その要因としては従業員の人件費も大いに影響しているような気がする。このような各自が持つお宝を強力な人材パワーによって一日も早く体制できれば、もしかしたら大化けする可能性もあるのではないか?勿論会社の規模による限界があるかもしれない、ただ 大手並みの給料が出せなくても給与形態の見直しや成功型の合理的な歩合制度の導入など、代々受け継がれてきた制度を見直すことも今なら十分可能だと思われる。ある程度の利益が確保できた段階で新たな報酬制度に転換できれば、話題性も相まって優れた人材を集める事も可能になるはずではないだろうか?実際、そのような新しい給与制度を実践し地方にありながら優秀な人材を擁して成功している会社も知っている。

優れた技術や商材で夢を語る事も出来るだろう。ただ匠の技と称してゴマ粒より小さい部品が作れるとか、0.5mmのシャープペンの芯に穴が開けられることができても、売れなければ意味がない。そのためにはやはりマーケティングも含めたマンパワーは不可欠だ。町工場がもつ特化した技術で世の中を変えるという夢とロマンあふれるドラマだった「下町ロケット」は本当に素晴らしかった。でも、それだけで佃製作所で働いてみたいをという優秀な若者たちが集まってくるのだろうか??はっきり言って疑問だ。

今年の日本はオリンピックに向けての景気向上なのか求人有効倍率も1.5%近く、かなりの売り手市場だという。そうなると中小町工場の人材確保はますます難易度が高まるかもしれない。しかし激動の産業の流れは待ったなしだ。シリコンバレーに倣えとは言わないが、景気が良い今だからこそ技術力プラスαとして人件費も会社の投資として再考してみる良い機会かもしれないと思うのだ。

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自動車産業のイノベーションに乗れるか?

申し訳ありません。2017年の初めての投稿になってしまいました^^;;。

3月29日に、経済産業省において視察のお手伝いをしている素形材センターのミッション報告と、シリコンバレーの有志によるD-LABの「自動車産業の破壊と創造で盛り上がる同地の状況とその流れをどうとらえるか?」についてのセミナーが開催された。D-LABのメンバーはシリコンバレーに出向している経済産業省の精鋭と民間の若手で構成され、この地で今起こっている日本の最後の牙城である自動車産業を根底から覆すインパクトを持って進んでいるイノベーションに衝撃を受け、何とかこの状況を日本が理解し、一丸となってそこに追従する意識を持ってもらおうという事で活動を進めている。
今回発表された、レポートには現在シリコンバレーで起こっている衝撃的な内容の詳細が記載されている。一般にも公開されているので、是非ダウンロードをお勧めしたい。
「シリコンバレーDラボ、プロジェクトレポート」

その内容にもあるように、今シリコンバレーで起こっている自動車産業のイノベーションは単に電気自動車(EV)とか自動運転にとどまらず、そこにシェアリングとコネクテッドという新たな動きが同時進行で動いているところに、実は、日本勢が完全に蚊帳の外になってしまう可能性を秘めた大きなポイントがある。

まず日本の自動車産業だが、これは60年以上、綿々と車というハードウェアを販売することによって利益を得てきた。そしてこの流れは現在もまったく変わっていない。しかしながら、以前、このBLOGにも書いたと記憶しているが、此方で起こっている動きはIT産業の下に車がぶら下がる事が前提となる。つまり車がスマートフォンのように情報の収集と発信のためのツールとして位置づけられるという事で、車(ハード)は、スタイルがいいとかスピードが速いとか燃費が良いとか、それ自体が価値を生み出すことを必要としていないのだ。これが先ずコネクテッドという考え。そうなると車の性能は必要最低限になり、スマートフォンのようにタダ同然で配られる可能性がある…。

シェアリングは、昨今話題になっているシェアリングエコノミーで車ではUBERやLYFTに代表される、誰でも運転手になれる乗り合い白タクの発想。車を持たなくても、持っている人が運転手になって人の移動をサポートする。つまり利用者は手軽に交通手段として車を利用することが可能になるので、単に移動手段と考えれば車自身の価値や機能、そして車を購買する事も運転手にならないのであれば必要ない。そうなると、これが車の販売台数に与える影響は大きい。

そして自動運転。ドライバーは必要なくなり、車自身がセンサー技術や最先端のAIを利用して安全性を確実に踏襲して運用されるようになるという事は、車というハードウェアに安全に必要なものがいらなくなる。言い方を変えれば、日本が培ってきた安全性の確保という蓄積も殆ど不要になり、誰でも車を作る事が出来てしまうのだ。

最後のEVだが、つい最近、時価総額でFORDを抜いたTESLAの隆盛をみるまでもなく既にアメリカでは10台に1台はEVが走り回りまわっているくらい急速に普及している。当然エンジンもミッションも車軸もないので製造コストは抑えられるし、給油やオイル交換といったサービスも不要になるので利便性はかなり高い。何より、エンジン一つとってみても平均で500~800近い部品で構成されているものが、MOTORになるとインバーターを入れても部品点数は100に満たないそうで、そうなると今までエンジン部品の生産に従事してきたメーカーにとっては危機的状況だ。
以前調べたのだが日本の場合、自動車産業に従事している就業人口は約200万人で、その殆どがガソリン自動車の製造に関係している。そうなるとEVが先々隆盛を極めるとわかっていても国を挙げて大梶を切る事は難しいと言わざるを得ない。

さて、このような状況の中、日本勢は何を考えなければいけないかが、これからのポイントだ。正直、この動きを理解しているか否かで先ず流れは大きく変わってくると思う。基本的に日本の自動車産業は、「系列」といった三角形の組織形態で成り立っている。で、そのTOPであるメーカーがこの動きに対する意識がない、もしくは意識があっても現状のインフラへの影響で身動きがとりにくい、という事になると残念ながら予後は非常に芳しくない。なので、少なくともTier1, Tier2、という位置づけにある企業は自主的に何らかの対応を取るべきだと思う。今まで世界最高峰の日本の自動車産業を支えてきた企業であれば、新しい市場に対する方策は無尽にあると自分は確信している。加えてこれから新規で車を作ろうという企業もどんどん増えてくるという事は、製造業の需要はかなり大きいはず。あとはそれをどうやって自分たちで見つけ出していくかだ。肝要なのは、このブログで一貫して主張している、「プロダクトアウトではなくマーケットイン」だ。

今回公開された資料には具体的に真剣にアメリカにチャレンジしている中小町工場の事例も紹介されている。是非とも内容を吟味し理解して、自分たちがこのイノベーションに対して何ができるか?手遅れになる前にアクションを起こしていただきたい!

 

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武士道の負の影響を変える意識を持つ!

自分の大好きな司馬遼太郎先生の名著「この国のかたち」の中で先生は「名こそ惜しけれ」という考え方が日本人の倫理規範の元になっていると書かれている。平安時代末期、坂東武士の誕生により、今までの寺社(宗教関連)や貴族間にはなかった「自分という存在にかけて恥ずかしいことはできないという意味」をもつこの言葉は、「一所懸命」、「いざ鎌倉」という領土を与えてくれた主の恩義に報いるために忠誠を誓うという「武士道」の基本的な精神として日本人のDNAに刷り込まれている。
この精神によって、日本は明治維新以降十数年で、海外列強に引けを取らない経済力を確保し、第2次世界大戦後は、わずか5年で奇跡の復興を成し遂げ、世界で有数の産業立国となった。
東日本大震災の後、あれだけの大惨事に見舞われながらも大きな略奪や暴動も起こさず、秩序よく配給の列を作り、粛々と復興に全力を尽くしてきた姿はまさに、この精神の成せた技であろう。世界から驚嘆と思われても不思議はない誇るべき国民性だ。

さて、この「武士道」に立脚した国民性だが、実は日本の中小企業にとって、またスタートアップ企業にとって時にネガティブに作用しているのでは?と思う事がある。

少し前になるが、浜松市の金融機関の皆さんと懇談する機会があった。その中で、浜松は歴史的に自動車を中心とした機械産業で地元には多くの優れた中小町工場が沢山あるにもかかわらず、グローバル化や新規事業への意気込みは低いという。理由は長年にわたり培われてきた大手企業との主従関係だ。地場にはSUZUKI, YAMAHAといった大手企業があり、そこの下請けとして長年生活を維持してきた企業の中には、「新たな分野に進出などして、親元の気持ちを損ねないか?」とか「十分な仕事をもらっているのに新しい展開をする余裕があると思われないか?」といった理由で、新規事業への展開やグローバル化を躊躇しているところが沢山あるという。そして大手も「うちが依頼している注文で培われた技術を外に展開してくれるな」という暗黙の圧力をかけているらしい。これでは優れた技術や、グローバル化できる力があっても、忠誠心の為に可能性がなくなっている訳だ。

別の話で、かつてシリコンバレーで活躍し、日本に帰国後、電動モーターサイクルのベンチャー<テラモーターズ>を立ち上げ、インド、バングラデシュを中心に大成功をおさめ、現在は<テラドローン>で新たな市場を切り開いている徳重君。彼は生粋の長州人で、良い意味で、そのDNAがシッカリ刷り込まれており、日本から新たな世界制覇、メードインジャパンの復活を旗印に、あくまで国産電動バイク製造を希求していた。その実現のため世界に冠たる日本のモーターサイクルメーカーを支えている協力工場に同じ市場という考えから電動バイクという新たな市場開拓をオールジャパンで展開すべく、部品供給の依頼をしてまわったのだが、大手傘下のほとんどの企業から「同業の新参会社は相手にできない」「競合になるような電動バイク製造には手を貸せない」、「長年培ってきた、取引先との関係に支障があるといけない」等々の理由で取引を拒否されたそうだ。その後、彼は、新規事業やスタートアップ支援に積極的な台湾のベンダーを開拓。モーター製造をはじめとした多くの企業の協力のもとで、電動モーターサイクルを生産、現在では、インドやバングラディシュでも現地での生産体制を確立し現在に至っている。 もし日本の中小町工場が一丸となって協力し、オールジャパンとしての大成功ができていれば、まさに彼の本望であり、日本にとってもグローバル化を推進するうえで、素晴らしい事例にもなったはずだ。それがなんとも残念でならない。

さて、2016年もそろそろ終わろうとしている。今年も色々な機会に50社近い中小町工場のオーナーの皆さんと会ったり、話を聞いたり、彼らに講演をしてきたが、残念ながら本当に気概を持ってアメリカへの進出を具体化した会社は1社だけだった。勿論、残りの殆どの会社は、上記のようなDNAによって新たな第2創業への展開を躊躇しているとは思わないし、現状を何とかしたいという意思も実は旺盛に違いないだろう。ただ、その奥にある日本人の持つ素晴らしい武士道精神が、無意識のうちにも、自社の展開のみならず新規起業家の展開にも影響している様子が全体からは垣間見れたことも心に残る。

何度も機会あるごとに話しているが、日本の持つ技術や製品はまだまだ無尽蔵にグローバル化のチャンスがある。それを是非とも具体化し実現するためには、あえて、その意識を変える勇気を持つことも必要と考え、本気で臨んでくる企業の皆さんとの対面を2017年は楽しみにしたい。

P.S. 2016年も奔放な駄文にお付き合いいただき有難うございました。皆さんにとって2017年が
素晴らしい1年になる事をお祈りいたします。

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