Archive for Yoshi Endo

100年以上前の日本人起業家の話

自分のもっとも好きな趣味の一つである狩猟系ダイビング(潜って魚などを獲ってます)のなかでもカリフォルニアを代表する獲物であるアワビについて、その背景を調べていたら、そのアワビ漁のルーツにに日系移民が非常に深くかかわっていることがわかったのでちょっとご紹介。

 1994年まではカリフォルニアのアワビ漁は商用目的で大々的に行われてたが乱獲から絶滅の危機に陥ったために禁漁になる。このアワビ漁ルーツ、実は日本の南房総、白浜の海産物商の兄弟によっ1890年代今から100年以上前に始められたものだった。1890年の初頭に日本から移民した人が、カリフォルニアはモントレーの海岸に無数に生息するアワビを発見!これは絶対に事業になると確信し、当時日本で海産物商を営む小谷兄弟を招請しカリフォルニアのアワビ漁がスタート。当時アワビはラッコの餌か中国人が食用で少し取るばかりで、焼けば長靴のゴム底のように硬くなってしまい誰も見向きをしなかったしろものだったそうだ。おまけに北カリフォルニアの水の冷たさもあり当時は誰も手を出さなかったために海底はアワビのジュータン状態だったらしい。小谷兄弟はモントレーで本格的にアワビ漁を展開。当時アメリカには存在していなかった潜水器具を使った漁を始めて行ったのも彼らである。そのための人材はすべて日本から採用した。当初は干しアワビを生産し中国や日本に出荷していたが(1915年に禁止される)1900年代初頭には食用に適した加工法(やわらかく食べる)を開発し缶詰として発売し大成功を収める。ところがカリフォルニア州政府はアワビに大きさの制限や販売エリアの規制などをかけ始め、また移民に対する土地没収や商業規制なども強化し始め、隆盛を極め最盛期にはアワビのカンズメ工場を4つも経営していたにもかかわらず1931年にはアワビの工場は全て閉鎖、そして第2次世界大戦での排日命令により、日本人が立ち上げたカリフォルニアのアワビ漁の実態そのものが歴史からすっかり葬り去れてしまった。 アワビ漁自身はその後もヨーロッパ移民やメキシコ移民、そしてもちろんアメリカ人の手によって継続されたが最終的には乱獲がたたり絶滅の危機に陥ったために1984年にカリフォルニア全域で全面禁漁になった。 ちなみに1994年以降はサンフランシスコから北、オレゴンボーダーまでの間でリクリエーショナル目的での漁は可能。ただし年間24個一日3個までという数量と大きさもインチ以上という厳しいルールがあります。

 さて、戦後60年以上が過ぎ、それまで少しずつアメリカ人の歴史研究家により調査されてきたこのアワビ漁の歴史が、ちょうど100年の歳月を経て1994年に小谷兄弟のカリフォルニアモントレーエリアでの産業発展の功績をたたえる記念式典で再度脚光を浴び(今では自然保護区となっている工場跡地はKODANI VILLAGEと命名されている)、その後多くの研究家や日本のNPO法人によって文章にまとまられるまでに至った。
 

このような背景があることを知って、自分もこちらでアワビHUNITNGをしている日本人として、そんなDNAが体の中にはあるのかな?などと思ってしまったのだが、それより今から100年以上も前にアメリカでリソースとビジネスの可能性を見出し、会社を立ち上げ、日本からの潜水士(エンジニア)を招請し、現地の人材を育成、そしてインフラも商習慣もまったく異なるアメリカという地で、見事に起業して大成した大先輩達がいたことを誇りに思いたいと思う。残念ながら第2次世界大戦という大きな節目のために葬り去れてしまった彼らの功績は、まさしく今の起業家魂に通じるものがあると思うし、このようなスピリットはこの先もずっと大切にしていく必要があると思った。 

ちなみに本内容のほとんどは、上写真の日本のNPO南外房文化財.戦跡保存活用フォーラムがこのあたりの交流と歴史的な流れをまとめ2005年に出版した上記の「太平洋にかける橋」、そしてAMAZONで入手可能だがほとんど絶版状態のCALIFORNIA ABALONE INDUSTRYという本を参照させていただきました。

「ものつくり立国」台湾の実現

SONYがまたしてもしでかしてくれた。昨年からアメリカとメキシコの2大工場を閉鎖し、この2拠点の製造を集約すると思われた最後に残ったメキシコのティファナ工場を、なんと台湾のFOXCONNへ売却。これからは設計を含めSONYのTVは、ほとんどが先のODM先であるWINSTRONと、このFOXCONNの台湾の製造メーカーで生産されSONYブランドで販売されることになった。先に同社の凋落ぶりを、このブログでも書いたのだが利益追求のために、ここまで徹底した政策を取るあたり極端かもしれないがSONYは既に日本の企業としてのアイデンテティを放棄してしまったようだ。自分としては、ほとんど最近では取引がなかったのだが、同工場ができた1988年に、この工場の品質管理をサポートする製品のメーカーの駐在員として渡米してきた経緯もあり、本当に寂しい限りである。
 ところでFOXCONNといえば、80年代までは一介の台湾のコネクターメーカーだったのではないか?それが90年代初頭にPCのOEM生産を始めてからは、めきめきと頭角を表わし、かつ強大化して、今は世界最大のOEMメーカーとなり、SONYの工場をもいとも簡単に買収するだけの力を本当にわずかな期間で作り上げてしまった。そのパワーとダイニミックさは凄い。勢いが違う。液晶TVがデジタル機器の一つとして生産方法も単純化してしまったことにより、キットで簡単に組み立てられるようになったPCと同様、誰もが生産可能になったという背景が勿論大きく関係していると思われるのだが、それにしても単に生産にとどまらず設計や開発も含めて今後は対応するところに実は凄く重要なポイントがあるように思えてならない。台湾は自身の経済力と国力を強化するために、90年代には多くの学生をアメリカやヨーロッパに送り出し、戻ってきた人々に起業を奨励、新竹にシリコンバレーを彷彿させる巨大な先端テクノロジーパークを作り上げ、半導体やコンピュータ、そして通信を中心としたエレクトロニクス産業の基盤を作り上げた。それが昨今の大幅なデジタル化に呼応して見事に開花。特にPCの分野ではその製造拠点として世界のPCのほとんどを作り上げていると言っても過言ではあるまい。そんな台湾が同じデジタル製品の製造ということで今、もっとも勢いづいているのが液晶TVだ。すでにVISIOやEIZOといったオリジナルの台湾ブランドだけではなく、その確立された製造技術により、今回のSONYはもとより、既に激しい価格競争にさらされ瀕死の日系TVメーカーの生産も多数手がけるようになっているようだ。業績の不振が深刻なHITACHIは、やはり北米向けの液晶TV の生産を同じくメキシコで工場を展開する台湾のTOP VICTORY社へ。そしてシェア的には気を吐いているTOSHIBAも生産の一部を同じ台湾のCOMPAL社へ委託。いづれもODMでの生産となるらしい。
 最近、ACERをはじめとした台湾のPCメーカーは今までPCの製造で培ってきた生産技術により、昨今のトレンドであるネットブックスタイルのPC生産で鼻息が荒い。日本の家電量販店でもこの手のPCでは圧倒的に台湾ブランドが幅を利かせている。この先は日本にもブランド名はかろうじて日本のメーカーがつくものの台湾のメーカーで生産されたTVが続々と輸入され販売されるようになるだろう事は疑いもなさそうだ。そして台湾のみならず、既に40%近い液晶TVの世界シェアをもつのSAMSUNG、業界2位のLGといった韓国勢も怒涛のように日本に押し寄せてくるかもしれない。
 いままで日本メーカーのお手芸家電製品として世界を席巻し、半導体と並び「ものつくり立国日本」の象徴として誰もが疑わなかったTVの製造スタイルが大きく変わり始めている。そして日本メーカーのTVのODM(OEM)生産を次々にこなして、設計だけでなく生産技術、品質管理といったすべてのノウハウを吸収、確立して新たな「ものつくり立国」として市場に君臨するのは、かつて日本が歯牙にもかけていなかった近隣国の台湾になる日が間もなく実現しそうだ。

クロームOS開発にみるGOOGLEの野望

7月半ばに発表されたGOOGLEのクロームOS開発のニュースは果たしてどんなインパクトがあったのだろうか?「GOOGLEよ、お前もか」的な見方を大半の人が感じたとは思うが、これはまさしく帝王マイクロソフトへの挑戦だというイメージがものすごく強いのではないかと思う。自分は情けないことにPCには疎いし、クロームOS自身がどんなものなのかも殆どわかっていないので、そのニュースのインパクトだけでグーグルのOS開発という戦略を理解している部分があるが、タイミングよくGOOGLEの先輩I氏とGOOGLEのキャンパスでランチを取る機会があったので(いやあ、相変わらず全て無料のカフェでのオルガニックなランチは、極端な話、この不景気を微塵も感じさせない別世界での一時だった)、色々聞いてみた。勿論、その先輩も直接このプロジェクトに参加しているわけではないので、細かいところまでは聞けなかったが、 はっきり言って驚いたというか感嘆した。なぜかというとその開発のコンセプトと目指すところが非常に単純でわかりやすかったからだ。
 クロームOSは、特に技術者系の友人達のコメントを聞くと、昨年発表した携帯端末向けOSである「アンドロイド」と同じものではないのか?とか、それぞれのOSをどこで区別するのか?とか、別々にOSを開発する意味があるのか?とか技術的な側面から推測される考察が多かったのだが、自分のような文系人間にはそのような側面からの意見は正直言ってよくわからない。そんなことより、このクロームOSのキャラクターが理解できればいいな~と思っていたのだが、そのキャラクターをI氏は見事に説明してくれた。
 I氏曰く、クロームOSの目指すところはテレビの機能とプログラムだという。テレビ自身は基本的にプログラム(ソフト)を持っていない。放送局から配信される番組を受信して映し出す受信機だ。スイッチを入れれば瞬時に画面が現れ、老若男女を問わず簡単に操作ができ、見たい番組をセレクトすることができる。単純化された操作方法は取り説をみたり専門書を読んだり教室に通わなくとも、ほとんどの人が使いこなせる。こんなテレビのキャラクターをクロームOSによって実現させる事が、このプロジェクトの開発目標なのだそうだ。
 非常にわかりやすくないか?まず既に巨大なデータセンター(TVで言えば放送局)を世界中に確保している同社にとってはクラウドコンピューティングの為のホスト環境の構築はたやすい作業であり、このOSに特化したネットブックタイプのPCを安価で販売(すでに年内には発売される可能性あり??)、し、OSによって非常に単純な操作で必要な機能を全てネットワークを通じで利用でき、おまけにテレビのように電源を入れたらすぐに使用できる(開発チームは、よっぽど今のPCの立ち上がりのモタモタに不満があるらしく。この部分にかなりこだわり、スイッチオンから5秒以内に操作ができることを目標としているそうだ)。そんなテレビ感覚のPCと操作を可能にするOSがクロームなのだそうだ。
 この話を聞いて感嘆すると同時にいろいろと考えてみた。これは現状のマイクロソフトOSの使えないところや、だめなところをその反面教師でもって改善し、具体化することで比較的簡単にそのアイデアとゴールを設定することができたのではないか?あれだけ強大なシェアをもつマイクロソフトOSだから、その使いにくさや要望だけをまとめても、それは世界のユーザー共通の不満であり、その部分を改善し具体化するということで簡単に(勿論作業は単純ではないと思うが)、アーキテクチャーを構築できたのではないか? そして、既にハードの部分ではその大規模データセンターの構築で培われた技術でセキュリティの問題などをクリアできるだけのノウハウも持ち合わせているので、これらの組み合わせにより、GOOGLEこそが、より精錬されスマートな新しいOSのスタイルを作り上げていけるのではないかと。
 マイクロソフトは既に肥大化し肥満の体をゆさゆさとゆすりながらやっとのことで動いている感がある。そしてグラフィックスや通信などトレンドの機能を追加しようとしてもベースのアーキテクチャーゆえか、その完成度はVISTAの惨状を見るまでもなく、決してユーザーフレンドリーとはいえない。以前、このブログでも紹介した中島聡さんの「おもてなしの経営学」にそのあたりの内部事情が詳しく書かれているが、マイクロソフトのTOPエンジニアでもあった中島さんが感じた事を、新興勢力であるGOOGLEが具象化しているのが非常に興味深い。そう考えるとGOOGLEとしては、別にOSの分野で「マイクロソフトに挑戦とが、その牙城を切り崩すことに燃えている」のではなく、最初から相手にもしていないのではないか?という気さえもしてくる。なぜならソフトの販売で成り立ってきたマイクロソフトには新しい時代を担うであろうクラウドコンピューティングをつかさどるインフラも構築できていないのだから。実はこの部分がもっとも大変で莫大な資金を擁し加えて莫大な時間も費やさなければならないことをGOOGLEは既に見越した上で、今回のOS開発の発表をしたのだろう(勿論私の意見ですが。。。)。 
 マイクロソフトは最近YAHOOとの提携を発表し、ネット広告分野においてGOOGLEに追従する姿勢を明確化にしたが、これもGOOGLEから見れば、像が尻尾でしつこく付きまとう虻を払いのけているようにしか見えてこないのは私だけだろうか? 勿論GOOGLEにしても、この新しいOSを使用しての収入源の根幹は広告収入ではあると思われるが、それがより個人向けに細分化されて、さらに、携帯OSであるアンドロイドと対になってOUTDOORでもINDOORでも確実に利益を確保できる流れを作り上げていくスタイルの確立が彼らの最終的なGOALであるような気がする。もちろん、その広告を得るための万人にメリットのある様々なコンテンツ(MENU?チャンネル?)の開発も間違いなくユーザーフレンドリーが前提で行われていくのであろう。こう考えてみるとGOOGLEの野望はさらに高いところにあると思えてならない。

 ここでふと思い出したのだが、90年代の中頃、ネットワークの将来性が見えてきた時代に、当時ネットワークで

ソニーの凋落

 最近のソニーは方向性を間違ってしまったと思えてならない。特にアメリカ人が経営のトップになってからは、会社の方針だけでなくスピリットも残念ながら欧米流になってしまったようだ。米国市場でのTV販売台数はSAMSUNG, LG-フィリップスに続いて日系企業では唯一気をはいて3位につけていたSONY.しかしながら昨年より始まった景気減退のあおりをまともに受けて大きく方向転換。米国とメキシコにあった3つの工場のうち、昨年11月にピッツバーグを、そしてこの7月には、メキシコにある2つの工場のうちのひとつを閉鎖。今後は、なんと同じく国境に隣接するメキシコの町にある台湾系の工場でODM生産をするらしい。つまりまったくSONYとは関係のない工場で、SONYのロゴを付けたTVが生産されるわけだ。それも生産形態はODM.つまり設計もすべてこの台湾系の会社が請け負うシステムであると聞いて、残念ながら大いに失望した。
 自分たちの若いころ、70年代、80年代、SONYは家電製品、それも若者に不可欠な製品の王道を行く存在だった。トリニトロンを駆使した鮮明なカラーTV,一世を風靡したウォークマンの発売、そして音質とデザインに優れた数々のオーディオ機器、そのどれもが当時の若者にとっては神器に等しかったのではなかったかと思う。やがて自分が社会人になり、仕事を通じて同社と取引するようになって、まさにそれらの製品を次々に生み出すクリエーティビティと、それを生産するエンジニアリングのレベルの高さは、「なるほど」と思わせる部分が多々あり、自分自身もこのような素晴らしい会社を取引ができたことが嬉しく、かつ色々と勉強にもなった。とにかく生産技術力が優れていて、独自の製造工程や歩留まりの向上に不可欠な数々の独自冶工具の開発。そして優れた検査技術等どれをとっても素晴らしく、かつ本当に他社に比べてエンジニアも若く、活気というより熱気を感じることが多々あった。これがさまさしく「技術のソニー」なのだなと、肌身で感じられたものだ。
 それが数年前に日本人からアメリカ人の社長になったとたん、「技術のソニー」の真骨頂は本当に音をたてて崩れ始めてしまった。今まで付き合いのあったメキシコの工場も、ちょうどデジタルTVの製造がピークを迎えつつあった時期で、そういう意味では変革期だったのだが、それでも工場の製造現場からは熱気も活気も伝わらなくなってしまい、ただ歯車が動いてものをつくっているといった雰囲気になってしまったことをよく覚えている。そして今回の決定。これはもう凋落というしかない。本来ソニーはものつくりを通じ、その開発力と生産技術力で世界を席捲しリードしてきたた会社ではなかったか?それが確かに今のデジタルTVは、極端な話、キットで簡単に作れてしまうのだが、設計まで丸投げしてしまい製造もしないとなっては、将来的に革新を起こすことはまず不可能だと思われる。まだTVの委託生産は全体の3分の1にとどまるということなのだが、少なくとも製造をやめてしまう姿勢を打ち出してしまったメーカーに未来はない気がする。それもソニーには一番頑張ってもらいたかったテレビ事業においての事なので、その思いはなおさらだ。
 かつてアメリカには、本当に優れた家電メーカーがたくさんあった。ジェネラルエレクトリック、RCA,ゼニス等々。。でも彼らが海外に生産拠点を移し、自らの生産を断念してしまった80年代から90年の前半にかけて、一社残らず家電市場から姿を消してしまったという事実を、同じ市場でしのぎを削ずっていたSONYは十分理解しているはずなのだが…。
 欧米人のリーダーとオペレーションの向かう先が、このような結末にならない事を長うばかりである。

韓国勢の脅威は侮れない

先週はメキシコへ出張。俗にテレビジョンバレーといわれる国境の町ティファナ地区は、最盛期には年間2000万台のTVを南北アメリカに供給する一大TV生産拠点だ。しかしながら昨年から続く不況のあおりを受けて、生産数は激減、工場の閉鎖や生産規模の縮小をほとんどの会社が余儀なくされている。そんな中で唯一日系TVメーカーで奮闘しているのがP社とM社だが、シェアでは圧倒的に日本勢に水をあけ(水をあけられているなんてもんではないかもしれない開きがあります)、世界シェアでトップを走るのが韓国のSAMSUNGだ。驚異的な生産量を誇り、コストでも圧倒的に市場をリードする。アメリカではかつて市場を風靡していたSONYやPANASONICといったブランドも残念ながら影は薄い。どうしてそこまで大きく差を付けられてしまったのだろう?もちろん強力な資金の後ろ盾があることは否めないが、それ以上に市場を解析するマーケティング、そしてあくまで自分の考えではあるが、今まではコスト面における優位性が、日本のマネをすることで開発費を軽減して一気に量産工程で製品の作り込むといった手段で確立されていたと思われるが、最近では、このあたりの状況もずいぶんと変わってきているようだ。
 20年以上前になるが、私は一時SAMSUNG(当時は三星電子)の生産技術研究所に出向していたことがある。当時勤めていた日本の小さな検査機メーカーへ、その頃、韓国の雄であった三星電子よりノックダウン生産の話がもちこまれ、もちろん「どうせ商品のまねをするのだろう」と分かっていながら、当時は技術的には不可能と思われていたROMのプログラム解析はできないだろうから最終的にはROMとロイヤリティを高額で買ってもらえればよい、的な考えで話がすすめられ、私がその担当として(若かったんだけど)、最初に購入してもらった20セットの測定ユニットと共に現地に赴きハードウェア生産の進め方や、具体的には製品の販売に関するサポート(同社はロイヤリティを払い、中近東を中心に販売したい計画があった)などの打合せをした。最初に三星の生産技術研究所に足を踏み入れたとき、その広いフロアーに所狭しと日本の製造機器が並べられ、その機器ごとに担当グループが分かれてエンジニアがアリが群がる如く必死になって機械の分解作業にいそしんでいる光景を目の当たりにして足がすくんだことを思い出す。ターゲットはうちだけでなく、日本の優れた製造技術に立脚して開発された製造機器全てだったのだ。もちろん好意的に協力を申し出たのはきっとうちぐらいで、他の設備は同社が購入したものだろう。そして、私の会社の担当についたのは、名門ソウル大学を首席で卒業し特待生として国から兵役をも免除された(兵役のある韓国だが、当時から国力の後退を懸念し、優秀な人材には3年間の兵役を免除するシステムがあった)若いエンジニアだった。たしか2か月近くの訪問だったと思うが、いとも簡単にすべてのものをコピーしてしまった彼らと、今後は基板のROMとロイヤリティを購入してもらう契約を交わし帰国したのだが、それっきり三星からの注文は来なかった。彼らは完全にROMのコピーまでしてしまったようだ。
 その後私はアメリカにわたり、いつ頃だったか忘れてしまったが、三星のTV工場がティファナに新設され、そこに営業に行った際、設置された生産ラインに一台づつ私が販売してるものと全く同じ検査機が並んでいるのを発見。まさしく私が持ち込み、コピーされた検査機だった。聞けばTV事業部だけで1,000台ぐらいはあるという。その貪欲さには思わず脱帽せざるを得なかったのだが、そのような経験から、実際の製品に関しても同じように日本商品のコピーが主な開発手法であると思っていたことがあり、こちらでは一般的に普及しているSAMSUNGやLGの携帯電話もどう見ても2~3世代前の日本のそれで、おまけに使いにくいところまでしっかりコピーされてたものだったのだが、最近は、特にI-phoneタイプのそれはデザインも斬新でなかなか見た目にも美しいものが多くなってきた(でも自分はそんなトラウマがあるので買わないけど…)、そして先週の出張で、たまたま訪問した液晶の大手であるS社で聞いた話によると、同社でなぜSAMSUNGがあんなに安くTVが作れるのかを検証するために、同社のTVを分解したところ、そこには精錬された生産技術力により、見事にコストダウンがされた筐体と心臓部(PCB)が現れたそうだ。PCBのサイズはS社の半分(PCBが小さければ搭載部品数もモジュール化されて少なく製造コストが安い)、ハーネス類が殆ど削除され一体化した内部構成。そして金属をほとんど使用せずに強度を保つ筐体設計など、明らかにS社の上を行く技術力だったという。開発と製造が一体化した組織構成とそれを無駄なく生産する生産技術が企業独自のものとして功を奏し、品質的に日本製品と引けを取らず、かつ圧倒的にコスト競争力をもつTVの生産を完成させているのだ。
 非常に失礼だったか今まで認識していたモノマネ文化の考えをすべて改めなければならない時が既に来ていた。そして、この脅威に今まで技術立国として優位性を保ってきた日本企業は、これからどのように対処していくのか?いや既にずいぶんシェアでは水をあけられているから追従という表現が適切かもしれないが、この先の動向は本当に気になってしまう。

GMの倒産をどう受け止めるか?

久しぶりの投稿、本当に情けない限りです。最近は仕事に振り回され、ほとんどがドサ回りで慌しい日々を送っているのですが、そんな中アメリカを代表する企業であるGMがついに倒産してはや2週間が過ぎようとしています。アメリカにとってこのような大企業の倒産はそれなりにインパクトは大きいものと思いきや、株式市場はそんな想定は既に十分盛り込み済みで、あまり大きなインパクトもなかったのが正直なところだったかもしれません。というのも過去の例を挙げれば大手航空メーカーのデルタやデパートチェーンのMACYSも同じように会社更生法を適用した経緯があるのに未だにしっかりと営業されているわけで、GMやクライスラーも同じようにまた今までのような経営がされていくように思えます。
 ちょうどGMの倒産が発表になった6月1日に私は日本にいたのですが、日本のNEWSでは、その倒産を伝えると共にGMと取引のあった会社を取材し、その倒産でどれだけの被害を蒙ったか。。。そんな話題を中心に伝えていました。確かに10万人を超える、それもアメリカを代表する大企業の倒産とあって話題性に関していえば相当のインパクトがあり、おまけにその影響は計り知れないものがあるという悲観的な話題のほうがNEWSとしては注目度が高かったかもしれませんが、はたして日本にとっては、そんなマイナス点ばかりなのでしょうか??
 少なくとも自分としては、これは今後日系の電装品メーカーにとってはものすごいチャンスである気がしてなりません。今回の倒産によって、基本的にはアメリカ自身が公的資金を投資し実質的な大株主となって再建をスタートさせることになり、当然GMとしてはいままでのように大型のトラックや品のかけらもない大型高級車を継続して生産するわけにはいかない訳で電気自動車やハイブリットといった次世代の車を生産していかなければなりません。ただそれを早急に実現しようと思っても今までが今までだけに、彼らの周辺にはその分野に精通している外注や協力工場もないのが現状だと思われます。当然メーカーのみでは自動車産業が成り立っているわけではなく、周りにある多くの会社のバックアップがあってこその産業であるかゆえにそのインフラを早急に確保しなければならないのが、現状ではないかと思われます。そんなときに既に十分な経験があり、また現在も次々にリリースされる日本の優れた性能のハイブリットや電気自動車の足元を支えていた日本の協力工場は彼らの要求に十分答えられる経験とノウハウがあると思うのです。実際にこれらのメーカーからの需要に備え、アメリカの拠点や生産工場に今まで日本国内だけで生産していたハイブリッド用の電装品のラインを構築したり、また積極的に彼らに対しての営業活動をスタートした会社もあると聞きます。
 このようなご時世だから何事もTHINK POSSITIVE! 日本でも正直低迷を否めない自動車産業ですが、あえてこれを好機と捉え積極的な展開を試みる企業が増えてくれることを願って止みません。

この現状だからこそできる事があるはずだ!

先週末になるが、大阪でオフィス家具製作の工場を元気いっぱい切り盛りしているIさんとお会いした。今回は2泊4日の強行軍でシリコンバレーに出張。何とか顔だけでも拝見できればと思い、日曜日のブランチにお誘いした。Iさんは、常に非常に客観的なものの見方と独自の分析力から今の日本の製造業の実態を把握されていると思う。そんなIさんのお話を伺うことで普段はまったく見えてこない本当の姿の日本の中小企業の実態を垣間見ることができる気がする。
 今回は昨今の景気の話に始まり、そこにある製造業の現状と、その行く末はどうなるのかという話、そしてこの現状だからできる事は何かという話で、かなり勉強になった。そして色々考えさせられた。製造業の行く末と言う話は、また別の機会に紹介するとして、まず、現在の日本の中小企業を中心とした製造業の現状については、ご存知の通り壊滅的な打撃を受けており、中京地区の自動車関連の下請け企業(あえて下請けという言葉を使わせてもらおう)の現状を見るまでもなく、その状況は全国的にかなり深刻だと言う。そんな中、事業主が口をそろえていうのは「今は我慢の時期だから、何とかこの場をしのいで、景気が上向きになったら、また頑張りたい」ということで、この時期をうまく利用して何とか活路を見出して生きたいという意見はほとんど聞けないらしい。これは今まで攻めの営業や事業展開をすることなく、単に下請けと言う状況で常にメーカーから入ってくる仕事で十分なレベニューを得る事ができたが故に、不況時の凌ぎ方はこれしかない。と言う認識が根底にあるからかもしれないが、この先はそうとばかりは言えないのではないかという気持ちが私の中では非常に強い。
 実際Iさんの会社も製造メーカーとしては中小のサイズで主な製品もオフィス家具なので、この不況の影響をまともに受けているのだが、彼は、ここを好機と位置づけ、景気のいい時は忙しすぎて手が回らなかった様々な試みをスタートしたと言う。その例として、まずコストの軽減を実施すべく、全ての仕入先の見直しを徹底的に行ったそうだ。現状は喉から手が出るほど仕事が必要な製造メーカーが巷には溢れているので、極端なことをいえば幾らでもコストダウンができる感じを受けたそうだ。そしてIさんは、その価格のメリットと自社の持つ優れた品質を武器に、今まで参入が難しかった業種や、日々の生産に追われ、なかなか業者選定の見直しまで余裕がなかった大手メーカーへのアプローチを再開し、量は望めないものの非常に力強い感触を得ているという。これがまさに今の状況を最大限に活用し、次のチャンスへつなげるための処方箋ではないかという思いがした。同じような話を日本のTVでも見たのだが日本の大手家電メーカーであるK’S電機は景気のいいときには一切事業や店舗の拡大を行わず、景気の低迷したときを利用して店舗展開を行うという。そのほうが収益の減退以上にコストを軽減できるからだそうだ。逆転の発想が会社の発展に大きく寄与している端的な例だと思う。この前のエントリーにも紹介したが、シリコンバレーの製造メーカーでも半導体産業に依存し、その景気の動向によって不景気になるとじっと耐え忍んで生きながらえるか、そのまま死滅してしまうところもあれば、ソーラーや新しい産業に積極的に営業を展開し、現状をしのぐばかりか、将来的な拡張へ確実に前進しているところもある。残念ながら日本の製造業の場合は下請けと言う極端に営業力が脆弱なスタイルが主流である為に、この現状を逆転の発想で乗り切り将来につなげられる事が難しい可能性が高いのが現状だが、Iさん(本当に勉強になりました。ありがとうございます)のような経営者が中心になって、この現状を逆にうまく利用し、それを乗り切るだけでなく将来の発展につなげる活動や試みが、もっともっと盛んにならないものかと考えさせられてしまうが、かく言う私も、そのような視点でできる事を積極的に考えてみたい。

 

次世代産業のトレンドもシリコンバレーから!?

 最近そんな胎動が聞こえてき始めた気がする。ここシリコンバレーはご存じのように70年代の半導体に始まり、その後80年代にはPCやオフコン(そういえば今日IBMによるSUN買収の話が流れていた)、そして90年代にはITとそれぞれの時代のトレンドリーダーとして君臨している地域で流れ的には次世代トレンドも、またこの地からというのは不思議ではない話しだ。ただ今回の不況においては、その兆候というものが全く見えないままに2007年の暮れに始まったサブプライム問題に端を発してあれよあれよという間に半導体を中心としたシリコンバレーの基幹産業も深刻な事態に陥ってしまい今日に至っている。シリコンバレーの中心ともいえるサンタクララにあるインテル本社のまわりにあれだけ空き事務所の看板が乱立しているのも、その不況の深刻さを物語っているような感じだ。今回の不況の始まりを一昨年の12月とすればすでに16か月を経過し、アメリカの歴史の中でも最も長い不況になりつつある。
 しかしながら、オバマ大統領による「グリーンエンジニアリング」のよびかけに呼応するかのように、今まで少しづつ芽を吹いていたエコ関連の様々なビジネスが、この地で着実に動き始めていることを最近訪問した韓国系の金属加工工場で目の当たりにした。日本で言ったら本当に町工場のような加工メーカーや板金メーカーが実はこの地には数百社あり、先端産業の下支えになっていることは折にふれて書いているが、この知り合いの会社も元々は半導体製造装置メーカーやHDメーカーを相手に商売をしていて、昨年は会社の存続も危ぶまれるぐらいどん底の状態だったのに、年末あたりからぽつぽつとソーラー関連のスタートアップからの受注が増え始め、現在はフル稼働の状態だという。聞けば既に40社以上のソーラー関連会社がここにはあるとの事。それが、新たに国からの援助を受けることができること、そして何より、不況のあおりを受け、大手メーカーをレイオフされた優秀な人材をリーズナブルに採用できる点など、多くのアドバンテージを持って一挙に拡大する機運が高まっている雰囲気が強く感じられた。そういえば、かつてはこの展示会から産業のコメである半導体のトレンドが始まるといわれ、世界中から多くの人々を集めていたセミコンウェスト。昨年は本来の半導体会場は閑散としているにも関わらず、併設していたソーラー関連の会場はあふれんばかりの人で賑わっていたという話を思い出した。すでに当時から、その兆候は始まっていたのだろう。今年はSHOW全体の割合をソーラー関連にさらにウェイトをおくとの話も出ているらしい。
 さて、ソーラーは氷山の一角であって、すでにそれ以外のエコ関連の数々のスタートアップも、間違いなくこの地での活動を拡大しつつあると思われる。正確にはわからないが少なくとも51%以上の資本金をアメリカ企業(もしくは個人)がもつ、この手の産業関連の会社を設立すれば、優先的に公的資金の援助を受ける可能性も十分にあるわけで、既にそのあたりに着目した目ざとい韓国、台湾、中国系の企業の設立も増えているらしい。 
 そんな状況に加え、私自身が何より、この地がエコ関連の次世代産業のトレンドリーダーになると思う理由は、その風土にある。ご存じの通り、シリコンバレーの突端にあるサンフランシスコは、60年代後半にヒッピー文化の聖地として世界中から若者たちを引き寄せた。ヒッピーの主張、概念は、反体制、反社会、そして自然回帰だ。自然回帰、まさにエコに通じるこの文化に洗礼を受けた多くの若者がこの地には多くとどまって、ある意味シリコンバレーの隆盛の一端をになってきたような気もする。APPLEの創始者であるスティーブジョブスも極論すれば、この流れに通じる体制にとらわれない独自の発想と行動で時代を席捲する商品を作り上げてきたと思う。
 そして、ちょうど団塊の世代を迎えたこの世代の人々が、シリコンバレーの中枢をになうVCや組織の中には多数存在し、その子息たちもこの地の第一線で活躍中だ。そんな環境だからエコ(グリーンテクノロジー)に対しては本能的に順応でき、積極的に取り組むことにも何ら抵抗はないと思う。先ごろ(昨日?)プラスチックの買い物袋の使用禁止を市条例で決定したパロアルト(スタンフォード大学があるシリコンバレーでは有名な市)の決議は、この典型的な例であると思うし、こんなに多くのプリウスをシリコンバレーで見かけるのは単に燃費がいいからという理由だけではない気もする。
 そんなわけで刷り込みが既に十分されている人々がまだ多く活躍しているこの地は(もちろん大多数はそうでない人々だとは思うが)、エコを中心とした次世代産業のトレンドリーダーになる事は間違いないと思うのだ。

電池とモーター

 自動車業界の不況は本当に深刻だ。電装品を自動車メーカーに納品している協力会社の多くが一時帰休や週休3日(会社によっては4日)といったシフトを引いたり、本格的にワークシェアリングを実施したりしている。日本の自動車メーカーを中心に看板方式が普通になっている関係で製品を作り込んでおくことができないので、このような極端な状況になっているのだと思う。
 さて、あまりにも体たらくなGMやクライスラーも公的資金の援助をうけることで、もう「マーケットが大型トラックを欲しがってたから」という訳のわからない理由で燃費の悪い自動車を作り続けることができなくなり、公約にも明記されているようなハイブリッド、電気自動車の生産という部分にも今後は力を注いでいかなければならないのだが、ご存知の通り、この分野では群を抜いて製品を市場に送り出しているTOYOTAやHONDAの生産を支えている日本の電装品メーカー各社は、そういう意味では、既存の顧客以外に、新規でビッグスリーの新規事業のインフラをつかさどる可能性が出てきた点、今後は明るい未来が見えてきそうな期待は大きいと思う。
 ところで、このような次世代の自動車をつかさどる技術は集約すると、その基幹部品となる電池とモーターになるのではないかと思われる。ご存知のように電池とモーターは日本が圧倒的なシェアを握っている分野だ。電池でいえば松下やSONY、そして大御所であるSANYO、モーターでいえばオリエンタル等々、日本の独断場であるといっても決して過言ではないだろう。ただ、少しばかり危惧する点は、このような技術が将来的にも日本の独断場でありえることができるかと言うことだ。かつては液晶もメモリーも、すべて日本の独断場だった。これが瞬く間に韓国や台湾、はたまた中国にイニシアティブを奪われていった。将来的には益々の需要がみこまれる電池とモーター。これが同じように他国に主導権を握られてしまう事だけはなんとしても避けてもらいたい気がする。特に日本の真骨頂である自動車業界においてはなおさらの事に感じてしまう。そのために自分ができることがないかと考えてしまうのだが、残念ながら今はこの先の状況と変化を見守る以外に術はないのかも。。。とにかくなんとしても電池とモーターのメーカーはイニシアティブを死守してもらいたいものだ。

日本人として情けない思いをした日

久々の投稿がこんな話題になってしまうのもほんとにがっかりな話なのだが…。 
 今日は嵐の中、サンノゼからサンディエゴまで焼く800kmのドライブ、途中LA手前のTEJON PASSが雪の為に通行止めというハプニングに見舞われ通常7時間半の行程がなんと10時間に。そんな中、このドライブのあいだ、聞いていたAMのラジオニュースでは、しきりに日本の中川のG7での見解の様子を伝えていた。それも、その体たらく振りをわざわざ日本語で呂律の回っていない様子の録音まで流していた。アナウンサーはしきりに「日本は35年以来の大不況、TOYOTAやSONYなどの大手が軒並み大幅減益の状況の中、その復活をつかさどるはずの財務相のこの態度(と言っていたと思う)はいったい何なのか?」と呆れた様な感じで話してた。おりしもクリントン外相が日本を訪問し、この世界的な不況に対して共に協力して行こうと言う矢先なのに。。。とも話していた(と思う)。
 こんなに繰り返し日本の話題をニュースで流しているのはアメリカに来て初めての経験だった。
 一体何なんだろう?一国の代表たる大臣が、それもこの世界不況の中、もっとも重要であるはずの蔵相会議でこの情けなさ。高速代の軽減や給付金の支給など、やるやるといいことばっかり言っておきながら、何一つ実現することができない首相の情けなさもさることながら、彼の選んだ大臣の輪をかけて情けない姿に本当に日本人として恥ずかしく思ってしまったよ。そして悪びれずに言い訳をして辞任していくあの態度。国辱を犯していることを理解しているのか。おまえは??
 あ~アメリカに来て、こんなに情けない思いをしたのは初めてかもしれない…。