第9回 素顔のシリコンバレー-その1

今日のシリコンバレー

シリコンバレーで1997年より徐々に始まったITバブル景気は1998年から1999年にかけてその隆盛を極めました。スタートアップの会社が雨後の竹の子のごとく設立さ れ、実体が伴わないのに投機の対象となり、ちょっとしたビジネスモデルに何億円もの金が集まりました。そして、そのような会社がいとも簡単に株式を公開したり大手 からの買収によって大化けしたりしました。
オフィスの賃貸料は、うなぎ登りで1SQFoot(約30センチ四方)の賃貸料は軽く500円を超えましたが、それでも供給が足りない状態。投資家から受けた潤沢な資金で高級オフィス家具をショウルームのように並べたオフィスが軒を連ね、世界中から集まってくる出張者の増加と共にホテルの料金も高騰。一泊$200を軽く超えました。当然アパートやコンドミニアムの賃料も高騰。最盛期には1ベッドルーム(1LDK)で平均20万円。でも、大学新卒の技術者の初任給も年棒で8~900万円。開発の早さを競い合うばかりにエンジニアのヘッドハンティングは日常茶飯事で1~2,000万の所得は当たり前でした。
そんなバレーにはにわか成金が続出。町には大衆車のようにメルセデスやBMWなど の高級車が走り回り、1億を超える新築住宅は発売と同時に完売。その購入者の大半が30代の若手エンジニアだったりしました。何の変哲もない町の時計屋さんでは、ロ レックスがコンスタントに一日30本は売れるなど、今から考えると日本のバブル時代を髣髴させる狂乱の日々でした。

しかし、そんな日々も2000年の終わりにITバブル経済の崩壊と共に終焉を迎 え、シリコンバレーは現在に至ってもいまだ復興の兆しが見えていません。サンノゼ を中心としたエリアは本当にツワモノどもが夢の後といった様相で、高い賃貸料を見 込んで建てられたオフィスビルは殆どが空家のまま。バレーの中心を走る高速道路の両側には、今までインターネットやIT関連の会社の立て看板がその殆どを占めていましたが、今は大手デパートや食品関係の看板にとって変わり、大手企業を中心とした従業員の大量レイオフ(一時帰休)や特に新興のスタートアップ会社の倒産により、失業率は全米でもトップクラス。また有名大学や大学院を卒業してもまともな就職先を確保することが難しいといった就職難の状況も続いています。

この先シリコンバレーには一体どのような波が押し寄せるのでしょうか? 70年代の半導体、80年代のPCそして90年代のインターネット…と、今まではシリコンバレーを牽引した大きな目玉商品が明確に存在していましたが、2000年代も現状ではそれもまだ見出せていないようです。逆にある意味、この状況下では資金さえあれば安 い人件費で優秀な人材を確保できたり、インフラの整った立派なオフィスが安く借りられたりと、新しいビジネスを興すには絶好のチャンスだと唱える方が多いのも事実です。

一大製造拠点シリコンバレー

銀行をはじめとした投資サイドの財布の紐はバブル時代の反省から、今だ硬いままですが、私自身は来るべき未来の隆盛に向けて、この地にはまだまだ肥沃な土壌が充分残っていると考えています。肥沃な土壌、それはR&Dやマーケティングによって新規に開発された製品やアイデアをかたちにするインフラです。このようなインフラにより優れた商品をいち早く市場に投入することができます。このインフラこそが製造業です。私は常々、シリコンバレーは新しい製品の一大開発拠点であると同時にその開発をかたちにする一大製造拠点であると考えてきました。最近の傾向からいえばインターネット業界はドッグイヤー(犬の年齢と一緒で1年に4歳年をとる)といわれるほど商品の流れと移り変わりが速く、当然それをつかさどるハードウェアの開発 も、極限まで短縮する必要が出てきました。確かにシリコンバレーで開発されたものの殆どは高付加価値の商品を除いて、量産工程に入れば南米や東南アジアの量産工場で生産されるのですが、まずその試作を敏速にかつ正確に製作するインフラが此処には存在します。日本でいう町工場がたくさん存在するのです。次回はこれらシリコンバレーを生き抜いている中小企業についてお話したいと思います。

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