第3回 訴訟の国の人材管理ノウハウ

中小企業の駐在員として
1988年5月より私のシリコンバレーでの生活が始まりました。当初は勤めていたメーカーの代理店をしていた日系大手商社に席を借りるかたちで業務を開始させました。しかしながら早くから海外に進出し、海外で働く従業員も多く、その国々によってさまざまな法律や税務、生活環境などをきちんと把握し経験も豊富な大企業とは違い、私のような中小企業のメーカーが海外に現地法人を設立するという事は初めての試みというケースは非常に多いのではないでしょうか。

そのために本来の業務以外に認識しておかなければならないことが山ほどありました。特に慣習や行政の違い。たとえばアメリカには国が定めた社会保険、国民健康保険といった制度がありません。また厚生年金、国民年金といったものもありません。このあたりは全て民間の会社との契約が必要になります。これらの保険や年金プランに差をつけることが新規採用や優秀な人材を確保する手段として需要になります。給与形体ももちろん異なります。基本的にアメリカはボーナスと言う考え方は無く全て年俸制です。また年功序列というシステムが無いために、従業員とは一年毎に業務内容の評価をして翌年の年俸を決めます。このようなシステムのために若くても能力のある人はそれなりの報酬を手にすることができます。この査定に関する面接は基本的に各セクションの長である人間(主に駐在員)がしなければなりません。他にもたくさんあるのですが、まず本来の業務に入る前に、これらの総務的な事をきちんと把握し片付けていくことが必要でした。その中でも特に注意を要するのが、従業員の扱いに関する会社の規定です。

訴訟の国アメリカ

まずアメリカで業務をはじめるにあたり、会社の規定をきちんと作成しなければなりませんが、実績のある大手企業と違い、ほとんどの場合はそのような規定を新規に作成しなければなりません。当社の場合もそのようなものはまったく無く、当時仕事を共にしていた代理店の海外規定を参考に給与の扱いや住居を含めた手当ての詳細、その他現地での生活や業務にかかわるすべての規定をまず自分たちで決めなければなりませんでした。実はこの規定によって、アメリカにおいては駐在する人間と現地で採用する人間との間に格差が生じると非常にややこしい問題に発展することがあります。アメリカは多国籍国家で非常にインターナショナル。先号にも書きましたようにシリコンバレーでは白人の比率は50%以下にとどまり、あとは全てアジア、南アメリカ、その他の国々の人たちで占められています。そしてここには人種差別という日本ではほとんど意識する必要も無い問題が起きる可能性が秘められています。またアメリカは、そのような背景が加味しているかわかりませんが訴訟という行為がごく日常一般的に普及している国でもあります。某ハンバーガー会社のコーヒーを股間に挟んで車を運転していた女性がこぼれたコーヒーで火傷をし、そのハンバーガー会社を訴えて何億円もの賠償金を取った等、倫理観の欠落した常識では考えられない事例が山のようにあります。アメリカにおける従業員の身分や雇用に関する種々の規定の選定に対しては、些細なことで訴訟の対象になることが山ほどあることを充分に考慮する必要があります。簡単な例をあげれば駐在員という身分はある意味特殊で、当然社命で海外に赴くわけで住居費用の負担や車の貸与、その他優遇措置がとられるわけですが、もし駐在員と同じ肩書きの現地採用の従業員がいて、肩書きは同じなのに現地採用ということで、住居手当ては無く車も支給されないとしたら、これはアンフェア-トリートメント(不公平待遇)ということで立派な訴訟の対象となります。またこの従業員が日本人以外だとしたら、レイシャルディスクリミネーション(人種差別)という意味でも訴訟の対象となってしまいます。これは本当に一例ですが、当時、アメリカに進出している日系企業、特に中小企業は限られた人選のなかで駐在員が現地に派遣され、何事に関してもニコニコと笑みを浮かべ面白くも無いのに笑ってしまう日本人特有の仕草から、ずいぶんなめられて見られるのか格好の訴訟の餌食となり、巷で話題になったセクシャルハラスメント等も含めると日系企業相手の膨大な数の訴訟が実際に起こっていました。当社もご多分に漏れず4年の間に従業員から何と3回も訴訟をおこされました。その都度、何度も裁判所に赴き、負けた場合は当然賠償金の支払いもありますが、勝っても莫大な弁護士費用を支払う羽目になり本当に金と時間の無駄遣いになりました。会社が得た利益など一瞬にして消え去ってしまうと言っても過言ではありませんでした。特に資本金に限界がある中小企業ではなおさらこのあたりに注意しなければなりません。ずいぶん前置きが長くなってしまいましたが、当時、私自身もっとも意味が無く、会社の運営や業務に対する影響、および訴訟を起こされるという精神的なダメージ等、膨大な浪費に感じたのはこの件でした。ですから特に強調してお伝えしたいと思いました。

最近ではこのような規定に熟知した専門のコンサルタント会社や、訴訟対策のサポートをしてくれる機関、またインターネットでもこのような情報は収集できると思うので、これから対米進出をお考えの場合には事前準備として、ある程度の出費は惜しまず、米国での状況をしっかりと理解し準備をすることをお勧めします。

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