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2020年の年頭にあたって

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さて、新年早々古い話で恐縮だが、自分が若造だった1980年代(もう40年近く前だけど…^^;;)、まず夢は自分の車を持つこと。そして車にはカッコいいカーステレオのコンポーネントを装着する事だった。当時は日本のブランド全盛時代!パイオニアのロンサムカーボーイ、カロッツェリア、富士通テンのBIO、クラリオンのCITY CONNECTIONをはじめALPINE,KENWOOD, SONYやパナソニックもこの分野でしのぎを削っていた。
 ご存知のように、その後カーステレオはカセットテープがCDになり、さらにHDDからMP3を経て現在のプラグインへと大きく変貌し、製品自身もカーナビゲーション主体へと大きく変っていく。自分自身は1990年代の半ばにPANASONIC AUTOMOTIVEの最初の生産ライン(ジョージア州アトランタの郊外、PEACHTREE CITY)の立ち上げに携わったのを皮切りに、日本のメーカー各社がアメリカ(主にメキシコ)での生産をスタートするにあたって、他にアルパイン、クラリオン、富士通テンの生産プロジェクトに参加。今でも各社との付き合いは継続している。

 そのブランド力と品質で世界の自動車メーカーに採用され一世を風靡してきた日本のカーオーディオ(カーナビ)メーカーだが、今はどのような状況になっているかご存じだろうか?実は最近の10年で各社とも悲惨な終焉を迎えている。
 KENWOODは早くも2008年にJVCと統合して単独での上場廃止となり、SONYは2012年に撤退。この業界の雄であったパイオニアは2016年にAUDIO機器のオンキョーへ譲渡のあと会社ごと消滅(2019年に香港投資ファンドの傘下になる)。世界初の車載CDプレーヤーを開発した富士通テンはDNESOに吸収されDENSOテンになり、ALPINEもアルプス電気の完全子会社となり上場廃止。そしてクラリオンは昨年フランスの自動車部品大手のフォルシアに売却され、その幕を閉じた。現在、唯一単独で生産を続けているのは自分の知る限りPANASONIC AUTOMOTIVEのみだ。

確かにカーステレオからカーナビまでは順調だった。ただ、今の世の中、車に搭載された旧態依然のカーナビを利用している人がどれほどいるだろうか?その機能の殆どがスマートフォンで事足りているのは自分だけではないだろう。
 現在では、その役割と言えば車の「センターコンソール」(以下センターコンソール)として、オーディオのみならず車に搭載された機器の制御やコントロールパネル、自己診断機能のモニター等多彩な機能を持つようになってはいるが、大型の液晶パネルにコントロール用の実装基板があれば事足りてしまう。このような変遷によって、ヘッドやローディング用のメカ、ボリューム等のスイッチなどのハードウェアは不要になり、これらの成型品や加工部品などを製作していた中小町工場もその需要を失ってしまった。

要は、

 どんなに名を馳せた有名企業、一世を風靡した製品でも時代の流れとトレンドをしっかり見据えていないと、あっという間に葬られてしまう。

という事だ。

 そして現在、センターコンソールでは何とか世界有数の生産量を維持しているPANASONICにも新たな試練が待ち受けている。

 韓国の最王手SAMSUNG、いままで部品以外では自動車産業と繋がりが浅かった同社は2017年に車載オーディオも手掛けていたアメリカの大手AUDIOメーカーのHARMAN KARDONを7000億円で買収。GALAXYを持つ同社としては、その戦略として新たなCASE時代に向けて、センターコンソールを中心としてスマートフォンと同様のサブスクリプションモデルの実現を進めている。彼らにとってセンターコンソールは単なる箱(ハードウェア)であり、ここに提供したり習得する情報でマネタイズをする目論見だ。そうなるとPANASONICをはじめセンターコンソールというハードウェア販売でビジネスを構築しているメーカーにとって、日本の携帯電話製造メーカがあっという間に終息してしまったのと同じ末路をたどる可能性があるのだ。
加えて、このブログにも何度も書いているが、将来的には車載部品のみならず自動車自身でもこのサブスクリプションモデルが主流になる可能性があることを決して忘れてはならない。

 さて、わずかここ10年で大幅な変貌を遂げたカーオーディオ市場をみても、デジタル化の流れで今の世の中がどれほど早いスピード動いているかを理解することができる。そしてこの流れな間違いなく加速していくはずだ。しかしながら日本は今年東京オリンピックの本番があり、その準備で景気が盛り上がっていた過去数年間、特に自動車産業に於ける現在の競争激化の世界的な流れから少し距離を置いてしまった感がある。

 1964年、最初の東京オリンピックの際、その国家的事業の実現に向けて新幹線や首都高速などのインフラ整備を中心とした公共事業が牽引し日本は一挙に好景気となり、国民すべての生活水準も飛躍的に向上したことは事実だが、オリンピックが終わった後、一挙に不況のどん底に転落してしまったことはあまり語られていない。
 作家の遠藤周作先生はその当時の状況を「東京さんよ、これから何をたよりに生きていくつもりかい?」と自身のエッセイに書き残しているが、今回のオリンピック終了後は、絶対にこのような状況になってしまってはならない(勿論、その後1970年の大阪万博に向けて日本は復活。今回も2025年の万博に向けてという期待はあるが…)。

 特に大廃業時代の到来がささやかれる製造業や、これから新規事業の展開を計画しているスターㇳアップ企業の皆さんにおいてもオリンピック終了後が間違いなく重要なターニングポイントになる。

 「オリンピック」をリセットし気持ちを新たに今からグローバルに目を向けて自分たちの立場や状況を理解し5年10年先の計画を真剣に考える。

今まで自分自身少し余裕をもって、同じような提言を何度もしてきたが、実際の開催となる2020年、もう後はない。
 そこで自分は勿論、皆さんにも是非、この言葉を今年の抱負の一つに加えてもらいたいと思う。





 

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EVでも世界を獲れるはずだ!

 2週間前(11月30日時点)にTESLAの新しい車種であるCYBER TRUCKが発表された。どう見ても車のイメージを超越した近未来的な月面装甲車的デザイン。走行距離も一回の充電で約400㎞。0-100mの加速は6.9秒とポルシェのマカンやパナメーラのディ‐ゼル車並み。価格は39,000~70,000ドル弱と割高感はあるものの意標を突いたデザインにイーロンマスク自身による派手なパフォーマンスで予約が殺到。その数はわずか3日間で20万件になったという。2018年度のTOYOTAプリウスの総販売台数が12万台弱なので、その2倍近い台数をあっという間に確保できたことになる。自分の記憶が確かであればTESLAが廉価版のモデル3を発表した2016年、その予約総数が40万台を超えたというNEWSが巷を席巻していた。その前年の同じくプリウスの総販売台数が20万台だったので(今よりだいぶ売れていた…T_T )、その時も、瞬く間にTESLAのEVは当時、燃費のパフォーマンスで群を抜いていたプリウスの牙城を凌駕していたわけだ。今回も日本の自動車業界にとっては衝撃的なNEWSであったはずなのに、その時タイミングよく日本にいた私は、TVはもとより、新聞、メディアでも、一切TESLAのNEWSは目にする事はなかった。これは日本のメディアの顧客のほとんどが日本の自動車メーカーである事と残念ながら間違いなく深い関係がありそうだ(これはモデル3発表の際も同じだった)。

 そんなメディアの状況が日本の自動車産業の牙城に切り込む訪米と新興国の勢いをウヤムヤにしてしまっている感がぬぐえないが、そのTESLAの廉価版モデル3が発売された2016年頃から世界の自動車業界は一挙にEV化に向けての舵を切っている。ヨーロッパの各国が2030年までにガソリン自動車の販売を全廃する方針を打ち出したことによって、VWは2025年までに50車種のEVを発売することを表明。アメリカではFORDが2020年中に数車種の発表を表明。既にVOLTで市場を開拓しているGMは2023年までに23車種。高級車の雄であるポルシェも最近自前の量産EV「タイカン」を中国広州のモーターショウで発表。それぞれがEV市場の覇権を狙うべく動きを進めている。
 さて、自動車業界の雄であったはずの日本勢はどうなのだろうか?唯一TOYOTAが同じ広州のモーターショウでEVの市場投入を明確化し2023年あたりを目標に10車種の投入を計画している発表があったが、現状車種においては日産のリーフ、三菱のiMIEVのみが販売されているにとどまり値段も残念ながら著しく高い。自分が住んでいるシリコンバレーで、テスラのみならずVWのEゴルフやBMWのi3、GMのボルトをはじめ夥しい数のEVを日常目の当たりにしていると日本勢の存在感のなさに残念ながら意気消沈の思いだ。

 確かに日本においては現在自動車関係に従事している就業人口が200万人以上で、殆どがガソリン自動車の生産に携わっているという現状故、そのインフラを反故にすることは叶わないという状況はあるだろう。しかしながらこの先CASE(新しい自動車産業のキーワード)のうち、AとEは電気自動車が前提、その市場を狙う既存のメーカーに収まらない中国のBYDやBYTONをはじめとした数十社になるという新興自動車メーカーの脅威に対して、明確な政策や方針、そしてインフラを確保していくというアクションは急務どころか即実行に移すべきではないかと考える。特に大きく車自身の構造が変わる中で現状TIER1,TIER2に部材などを供給している中小町工場においては死活問題ではないかと思う。
 ただ、このブログで何時も叫んでいるが(笑)、そんな状況の中で自分は以前より、この流れを新しい事業展開の大きなチャンスと捉え、新たな発展につなげることができるのではないか?と常に思っている。残念ながら、そのための解は自分にも具体的に教示できないけれど、実はそんな解をみつけられるDNAは既に日本の皆さんが持っているのではないか?と最近NHKの「歴史秘話ヒストリア」で放送された日本の電気自動車TAMAの逸話をみて確信した(ご覧になった方も多いかと思います)。

 終戦直後の1945年12月、戦前には十数社あったといわれる飛行機の製造メーカーの雄であった立川飛行機によって始まった新規自動車開発。当時統制されていたガソリンの代わりとして入手に制約のなかった電気を駆動部に採用した開発が始まり、1946年に、その責任者であった外山保を代表として「東京電気自動車株式会社」が設立された。ここで最初に開発され1947年に発表された電気自動車が「TAMA」だ。
 
 従業員の殆どが当時ゼロ戦をはじめとした世界最高峰だった日本の飛行機の設計に携わっていたエンジニア達。このTAMA(会社が府中で多摩地区にあったことで命名)もその技術力を踏襲、空力学的に抵抗の少ないボディ設計や消費を抑えるためにバッテリーやモーターを低重心で車体の中心に置く設計など飛行機の開発に必要なアイデアがちりばめられていたそうだ。TAMAは性能的にも当時の自動車より秀で売れ行きも上々で販売当初1948年の自動車の総生産台数の3分の1を占めていたという(ちなみに当時は他の日系自動車メーカーもガソリン統制の状況からEVを作っていた)。
 しかしながら1950年の朝鮮戦争の影響によりバッテリーの主材料である鉛(弾丸に使用されるため)の価格が高騰。既に統制が解かれたガソリン車への移行を余儀なくされ、総生産台数1099台わずか5年での撤退となる。外山を中心としたエンジニア達は、その後ガソリン車の開発に挑み、ゼロ戦のエンジンを開発した中島飛行機の後継である富士精密工業と協業し、最新鋭の乗用車で御用車にもなった「プリンス」を開発。1954年に社名がプリンス自動車になり、名車スカイラインの開発をはじめ日本のモータリゼーションの黎明期を築いた。そのプリンスがデザインした日本最高峰のレーシングカーR380が日本グランプリでポルシェと互角に渡り合った逸話は有名。その後1966年に同社は日産の傘下となる。

 そんな歴史のある日本の自動車産業に埋め込まれている電気自動車のDNAは、まさに今再び開花する時期にきているのではないか?そんな思いが自分には鮮明だ。多少、出遅れの感はあるが是非とも挽回して世界を獲ってほしい!

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大廃業時代をどう捉えるか?

少し前になるが、NHKスペシャルで放映されていた「大廃業時代」という番組をみた。日本は今、未曽有の大廃業時代。昨年過去5年で中小企業の20万社が廃業。その数は年々うなぎのぼりで昨年1年間だけでも46,000社が廃業に追い込まれているという。勿論、中小企業といっても業種は様々だし、その廃業理由も後継者問題をはじめ多種多様だと思う。しかしながら日本の会社の99%を占める彼らがものすごい勢いで消えていくことは、少子化問題等に匹敵する非常に憂慮すべき状況だと感じる。
 この状況は自分が携わる製造業においても間違いなく顕著だろう。ここ数年の日本(特に関東地域)は2020年のオリンピックに向けて、少なくとも景気は悪くない状況だった。こちらで日本から視察ツアーなどで訪問する中小町工場の団体や経済関連の皆さんとお会いしても、正直これからの景気に対する憂慮や不安は頭の片隅には有るものの、現時点での好況に追われる中で先々の事まで考える余裕はない、といった雰囲気が強く感じられた。自分は勿論「そんな悠長な事ではだめだ」「この先の急激な変化はあっという間にくる」という話も強調しているつもりだし、その辺に関しては勉強になったという感想も頂くのだが、視察を終えて日付変更線を越えてしまったら、結局、通常の業務に奔走する日々の中で、そんな思いは霧散してしまうようで、其の後の展開やアクションのアップデートを貰ったことがない。
 しかしながら今取引のある町工場の仲間達からは「最近少し動きがおかしい」とか「受注量が減った」という声もちらほら聴くようになってきた。確かにオリンピックが終わったら将来的に日本の経済をけん引する産業は何だろうか?加えて日本がその景気の恩恵を受けている間に、最後の牙城である自動車産業は世界中が動きを見せるCASEの標準化によって足元からひっくり返されても不思議ではない状態。気が付いた時には「手遅れ」になる可能性は限りなく高い。そうでなくとも、この先の廃業数が間違いなく増えていくことは避けられない事実。では多少なりとも景気が維持できている今、「何を考え、どうアクションすればいいのか?」を考える必要があると思うのだ。 まず大前提として、この現在の状況は避けては通れないものとする。そのうえで
 
 「大廃業時代をどう捉えるか?」だ。

 ここからの私見は、日本の今の状況を詳しく把握しているわけではないので、かなり極端で現実性がないかもしれないが少し考えてみた。

 先ず、何度もこのBLOGには書いているが、自分の住むシリコンバレーには未だに2000社近い製造業に従事する中小町工場が存在する。彼らは巨大IT企業や半導体製造装置メーカー等、世界に君臨する企業の試作や製品部材を供給してしのぎを削っている。少し古くなるが2008年のリーマンショック以前には、その倍の4000社近くが存在したといわれている。それが景気の荒波に揉まれ現在の2000社に淘汰されて今日に至っている。ここには日本のような補助金という制度は存在しない。経営に破綻し力尽きた会社は自力で立ち直れなければ廃業(倒産)の道しかない。そしてその廃業した会社から力のある会社が従業員や設備(これは2束3文)を引き取り自社のキャパを増強、勢力拡大したところで、またそこから力やアイデアのある連中がスピンアウトし起業して業界に参入する。そんな新陳代謝のエコシステムがある。このような弱肉強食の修羅場をくぐってきた彼らは、それなりにタフで競争力もあり市場にしがみつこうとするアクションもかなりハングリーだ。
 このような形のエコシステムを日本にも、この機に作り上げることはできないかと思う。勿論、淘汰されてしまう企業には残念ながら…と言うしかないが、技術や資産を持っていながらも廃業を希望、もしくは考えている企業にとっては、機会としてその機能の一部を存続できる可能性はあるし、引き取った会社は、市場(需要)自身を確保するという大前提があるが、それを踏まえて組織の構築をし、少なくとも設備や経験のある熟練工をTEAMに加えられるので更なる市場開拓に挑めるかもしれない。そして行政は今まで一部では企業の延命にしか使われてこなかった補助金を、このような会社の吸収を実行した企業中心に拠出するのは有りではないかと愚考する。例えば地域的に多くの小規模企業が集中しているエリアで操業している2000社ある従業員数名程度で廃業の可能性がある、もしくはそれを希望する企業を対象に、行政や製造インフラを必要としている企業がイニシアティブをとり、その技術や「仲間回し」ができる関連性などを考慮し資金(補助金)も拠出して会社数を半分、もしくは3分の1にまとめ上げるというイメージだ。

 もう一つは技術アセットの保持。特にモノづくりに関して言えば、廃業に追い込まれていく企業の中には、卓越した技術や優れた製品を持っていても営業力の無さや、経営手腕によって会社を手放さなければならないケースも沢山あると思われる。であれば少なくともそのようなアセットだけは何とか救い上げて次世代の産業に生かせていけないだろうか。このBLOGでも紹介しているが、既存の技術アセットを現在の市場に形を変えてマーケットインさせ、成功を収めている会社も多数存在している。それを、もう少し体系化してプロジェクトとして進められないかという事だ。勿論、以前から提唱しているが、そのための「目利き」やエージェントを育成、もしくはマーケティングのプロ集団を大企業や行政が組織することが必要だが、彼らが中心となり現状、廃業していく企業の技術や製品をデータベース化しマーケットインできそうな次世代の製品への応用や実利用ができないかを集約し営業展開できればと思う。マーケティングやセールスに関して言えば、国内よりも先端技術の動きが激しいアメリカ、中国を中心としたアジア諸国に目を向けるほうが良いだろう。そしてアセットを持っていた会社には、実績が出せればロイヤリティを支払う事も可能になる。

 以上、あくまでも私見で暴論に近い内容だが、いづれにしても避けては通れない大廃業時代という現実を、ただ単に悲観的な状況にとどめるのではなく、できればそこから、特に製造業(モノづくり)の復興につながる方策として前向きに考えなければならないと思う。そこには景気が悪くなれば補助金を無心すればよかった今までの体質の改善も不可欠、そして企業側も生き残りをかけて自己の考えを正していくことは絶対必要。でも現状そこまでやらなければ、この先の「モノづくり大国ニッポン」の存在感を維持していくことは困難だ。

 まとまりのない内容になってしまったけれど他にも方策はたくさんあると思う。状況は待ったなし。是非、色々と熟考していただきたいと思う。





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盛田昭夫会長の教え

 今から30年前の1989年7月1日に公開されたSONYの盛田会長のWALKMANに関する社内向けビデオ(動画)が、その長い時を経て先月の7月1日にNIKKEIのサイトからリリースされたことを知り、早速拝観した(是非リンクを観てください)。 このビデオは1979年の発売以来10年間で5000万台を売り上げ大ヒット商品となった同製品の誕生秘話(録音機能を付ける付けないで揉めた話等)や、その極めて和製英語なネーミングでイギリス、アメリカでは全く受け入れられなかったものが何と英語圏以外で瞬く間に浸透し最終的にはイギリスの権威あるオックスフォードの辞書に掲載された逸話など本製品のエピソードで構成され同氏のウィットに富んだ話しぶりも交えて非常に示唆のある内容だった。
 その13分弱のビデオの後半で盛田会長が「この製品を構成するプレーヤーとヘッドホンは、それぞれ既存の製品で、それを音楽を常に聴きたいという市場のニーズに合わせて改造したものだ。大きな発明、発見ではなく、製品の組み合わせで新たな産業をつくることができた。そこに大きな意味がある」と語っていた。本人は、それを

「プロダクトプランニング」

と表現していたが、今風に言えばまさに「マーケットイン」の発想だ。今から40年も前に、そのコンセプトを駆使して世界に浸透する素晴らしい商品を作り上げた同氏の先見性とビジネス手腕は、今のIT大手のFOUNDERに引けを取らない偉大なものだと思う。

 そのWALKMANの誕生から28年後の2007年に、APPLEのスティーブジョブズは既存の製品と技術に新しいテクノロジーのインフラを盛り込んだI-PHONEをリリースして一世を風靡した。既にSONYのCLIEやSHARPのザウルス、PALMのPDAが存在していたのに、盛田会長を唯一尊敬していたといわれているSTEVE率いるAPPLEがそれらをインテグレートして製品化したことに、盛田会長が提唱したプロダクトプランニングのコンセプトがあったのでは?と自分は思うのだ。
 
 このように考えると、既存の技術や製品をMODIFYすることによってマーケットインできれば、まだまだビジネスの可能性は山のようにあるはずだ。新規のスタートアップ企業が何もない0の状態から1を作り出すより、既に1となる既存の技術や商品をプランニングできれば、その可能性は10どころか100になるかもしれない。

 さて、自分の分野である中小町工場の今ある状況においても、まさに同じ可能性があると考えている。既に職人技の精度技術や、その中から培われてきた製品などは市場の需要をしっかりと把握し、うまくマーケットインすることができれば、何十倍、何百倍になる可能性があるという事だ。

 先般テレビ東京の「ガイアの夜明け」で紹介されたDG TAKANOは、先代が培ってきた業務用ガスコックに使用される1000分の2ミリという超高精度の職人技を、節水ノズルに応用して製品化し今大成功を収めている。この例に漏れずまだまだポテンシャルのある無数の技術や製品は世の中に沢山あるだろう。
 勿論、それをマーケットインさせるためには、市場や世の中の需要をしっかりと把握し、解析する能力は必要だが、このあたりを意識すれば新しいビジネスへ大きく開ける可能性は十分にあると考えたい。
 もし将来を考えて新たな道に挑む気概があるのなら是非とも、そんな目線で自分たちの技術や製品を考えてもらいたいと思うのだ。
 
盛田会長のビデオからそんな事を考えました。日本の偉大なアントレプレナーに最大の敬意を表します。






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試作市場の厳しさを知れ!

 このブログでも何度か紹介しているが、今メインで携わっているGIGAファクトリーのプロジェクトの関係で、2か月ほど前からシリコンバレーで新規で地元の町工場2社と取引を始めている(既に付き合いのある町工場を含めると現在5社と取引があります)。
 板金加工を手掛けるS社はベトナム人の社長(というより町工場の職人のオッサンという感じ)を含めて従業員は5名、サンノゼの東のはずれにある工業地帯の入り口がどこにあるかもわからないような長屋風の建物の一角にあり、もしかしたらVINTAGEの部類に入りそうなAMADAの工作機が2台。工場の中は、雑然としていて床には削りカス、物置き台の上には図面が散乱。空調もきちんと動いてないのか、出入口のガレージドアは開けっ放しという、どう見ても日本で提唱されている3Sや5Sとは異次元の空間で淡々と客先の注文をこなしている。多くても100枚までの生産でメインは1~10枚の試作が中心。本当にその状況から見たら日本だったら「一体誰がこんなところに注文をだすんだろう?」という感じなのだが、彼らがこなしている仕事は、半導体製造設備の最大手であるアプライドマテリアルや、KLA TENCORといった超一流のメーカーからの依頼だ。見た感じ間違いなくオーバーフローも少ない分、価格も非常に安く、既に色々頼んでいるが納期はしっかり2週間以内で対応してくれる。そして品質でも問題になったことはない。これはきっと超高品質を要求される大手半導体メーカーとの付き合いの中で培われてきた結果であろう。
 切削加工を手掛けるインド人経営のJ社は従業員30名。サンノゼの南のはずれの、これも入り口がどこにあるかわからないようなこじんまりした工業団地の一角にある。ここにはOKKやMORI SEIKIなどの切削機を中心に工作機が10台ほど。またデザインルームや検査室も完備し、そこそこのオペレーションだ。顧客も半導体設備メーカーをはじめ、巨大企業GAFAの雄であるGやF、新興勢力のUBERやWYMOなどの試作部材を中心に手掛けている。またEVメーカーT社のスペアパーツなども生産しているようだ。
この会社も納期は大体2週間。価格も日本と比べて遜色のないレベル。見積もりに対する対応などは迅速で全くストレスを感じさせない。そして特筆すべきは、この会社が入っている団地に、なんと同じような切削加工を生業とする町工場が10社も以上あるという事。これがアメリカの試作市場を支えている連中の素顔だ。
 
さて昨今、日本では、JETROなどがバックアップし、アメリカの試作市場参入のプロモーションを行っているようだが、果たして例えばシリコンバレーを例に挙げれば未だに1000社以上存在するこのような切削、板金、成形、アッセンブリを得意とする連中を相手に、どのように立ち向かえばいいのか?先ず本当の意味でそこを徹底的に吟味する必要あると考える。 
 そうでなくとも日本で製造をした場合、そこには製品価格に加え国際輸送の送料や関税(特に金属)が必要。また最短でも現状は日本4日かかる日数は納期に加算しなければならない。当然それを加味しても受注を獲れるアドバンテージが不可欠だ。勿論最初から潤沢な資金があり、アメリカに工場を設立できるという企業であれば話は別かもしれないが、それでも、価格競争が厳しい中で一つ$100~$1,000程度の少量の試作部品の製造で、こちらでの設備投資や法外な給与ベースの従業員の確保、そしてこれまた法外な生活費などの経費を通常の償却ベースで採算に乗せていくのは至難の業だと思う。だからこそ、綿密にリサーチを行い、自社の持つアドバンテージがこの市場に対してどのように貢献できるかを、しっかりと見極め戦略を立てなければならない。アメリカで大成功を収めている日本の加工メーカーの雄HILLTOPは進出する数年前からこちらに足繁く通い、こちらの市場を把握、品質や技術力ではない自社のアドバンテージを生かした戦略で臨みビジネスを軌道に乗せている。このようにしっかりしたマーケティングリサーチを実施し戦略を立てれば可能性は十分にある。昨今の自動車革新、AIによる自動化やロボット急速な普及を考えると、こちらの市場は日本の何倍もあることは間違いないのだ。

ただ、いつも同じことを言っているが、その前にアメリカに本気で食い込んでやろうという高い志があることが大前提だ。

 日本のぬるま湯的環境で、景気が悪くなれば補助金を無心することで延命できるようなシステムはこちらには存在しない。今活動している1000社以上の町工場も、補助金などの制度がないこの地で弱肉強食の中で生き残ってきた会社だ。当然生半可な気持ちでは歯もたたないだろう。それでも、こんな連中を相手に高い志を持って「アメリカで勝負してやろう!」という町工場があれば、力になれるかわからないけれども自分は是非とも応援していきたいと思っている。

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MaaS時代にどう戦うか?勝機は有りだ!

シリコンバレーの有志たちで構成され、こちらの最新状況をベースに日本へ喚起を促しているD-LABのレポート第3弾が発表された。過去2回に続き、今回も内容は秀逸で、いまこの地で起こっている自動車産業の破壊と創造が2017年にリリースされたレポート第1弾の時からどのように昇華し展開しているか?そこに絡む既存の大企業やGAFAと中心とした大手新興勢力、中国をはじめとした新興国の状況、そして周りに無数に広がる関連スタートアップの展開など、今ではMaaS(MOBILITY AS A SERVICE)という表現で一般化している状況をまとめている。とにかく感じるのはスピードの速さだ。特に第1弾のレポートには殆ど出てこなかったALIBABA, BAIDU, TENCENTといった中国の巨大スタートアップの参入とその戦略など、うかうかしている状態ではないことが強く感じられる。自動車産業という日本にとっての最後の牙城が、まるで砂糖に群がるアリに覆いつくされるがごとくの状況はゾゾっとするくらい恐ろしい。しかしながら日本にいたら間違いなく、そのような危機的状況や、この先をどう乗り切るかの必要性など感じられないと思う。メディアの報じる多くの自動車メーカーの広告やCMは安全性を技術で補完した新しい機能などの充実ぶりを見せてはいるが未だに、

「車というハードを売るためのPR」

に終始しているからだ。勿論、日本の自動車産業がハードを売るビジネスで過去70年近く成り立ってきているので、それを簡単に覆すことはできないことは容易に想像できる。いきなりのEV化やEVを基盤とした産業への転換は、ガソリン自動車の巨大なインフラの持つ日本では間違いなく不可能だ。しかしながら確実に言えていることは、まず、MaaSがより一般的になって、シェアライドやスクーターのような新規モビリティの普及、そしてコネクテッド化による各社サービスの没個性化によって、

「車本体の販売台数は間違いなく減少する」

という事だ。当然、EVや自動運転車は、その数を急速に伸ばす可能性は高い。しかしながら産業構造自体が、情報中心というスマホの産業形態に近づくことにより、MOBILITY自身も大量生産で低価格なものが主流になることは間違いない。

では、迎え来る新たな時代において、日本勢、特に大手自動車メーカーを下支えしてきた系列、その中でも中小町工場はどのように立ち向かい戦っていけばよいのか?このあたりを真剣に考える非常に重要な機会が今訪れているという事を、このDラボのレポートから是非感じてほしい。

具体的にどのように戦うか?だか、自分的には少なくとも前提として既存の自動車産業の破壊と創造は、ある意味系列とういう日本特有の従属的なピラミッド構成の崩壊にもつながる一つの大きなポテンシャルとして考えられないか?と思っている。
かつて日本の地方で講演した際、東海地区や山陽地区など、大手自動車メーカーの城下町では、少なからず同地の協力工場は一所懸命、御恩と奉公的な状況が顕著だったし、従属側も「余計なことをしたり他所に売り込むと親元に申し訳ない」とか、親元も「そんな事してる余裕あるならもっとウチの仕事に専念しろよ」的な重圧もあるなどの話をあちこちで耳にした。このような体制が大きく変わる可能性があるのだ。各地の大名が、その存在を失った幕末から明治にかけて従属していた家臣や庶民は新たな活路を求めて新規事業を起こしたり、経験を生かした生業を展開して日本という国を作り上げてきた。同じような可能性が自分には、この先間違いなく来るのではないか?と思っている。
具体的に言えば、日本の自動車産業を世界に知らしめた安全性と自動車自身の耐久性や品質だ。例えば中国には昨年の段階で政府の補助を受けているEVのメーカーが60社近くあるが、彼ら、言い換えれば素人が作るEVや自動運転車(MADE IN CHINAの商品のイメージが強い)に乗りたいと思う人は正直いないのではないか?と思う(もちろんMADE IN CHINAのイメージは今か異なるかもしれないが…)。
記憶では自分が韓国で活動をしていた1980年代の半ばに,現代自動車が本格的に国産自動車産業への参入を始めたのだが、最初に手掛けたのは当時日本の最高級車であった三菱のデボネアのOEM販売だった。この車を当時台頭してきた財閥系企業の幹部や行政関係に販売し、その安全性と信頼性をPR(日本製だから間違いないがブランド名は現代)。このトップダウンによるマーケティングを連携させ三菱との提携によって学んだ生産/製造技術によって自社による生産をスタートし今の地位を築いてきた(と自分は思っている)。
やはり最初から、安全性と信頼という保証を確保するのは容易ではない。そこに日本で長年培われてきたTIER系列の中小企業がもつ信頼性と安全性の実績ある部品や素材などには間違いなく需要があると考えられる。特に自動車産業の製造品質基準であるIATF16949を取得している会社も間違いなく多いはずだ。また日本勢には親元に長年搾取されてきた価格競争力もあると思う。これらを武器に独自の営業展開をすることはできないか?小さいところで単独での営業活動が難しければ行政がまとめて中国の自動車関連メーカーと独自の商談会などを企画するのも面白いかもしれない。勿論、本当にに需要があるかはわからないし中国が国として外国製の部品を受け入れることを良しとするかもわからないが、少なくとも新興メーカーが60社あること自身でポテンシャルはあると自分は考える。

このブログを通じて何度も何度も同じことを言っているのだか、とにかく今の市場の流れと産業の変革は待ったなしの状態。特に自動車産業における警鐘にも近い内容がこのレポートには満載だ。この中から将来の展開を予測し、製造業として何ができるか?このあたりのヒントを是非探してみてほしい。勝機は間違いなく有りだ!

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最強の製造技術を支える総合力で挑め!

今シーズンのカリフォルニアの雨季は雨と降雪が多く例年の160%と過去最高の降水量となった。これで毎年のように懸念されるこの夏の水不足は問題なく解消されるようだが、シリコンバレーからシエラネバダ山脈を越えたネバダ州にあるT社のGIGAファクトリーへの出張は、この雪の影響でなかなか苦戦を強いられた。そんな山奥の平原の中に建てられた世界最大の電池工場は順調に立ち上がり、P社の部隊はわずか2年半で従業員数も数千人規模の巨大工場へと成長。その熱気を帯びた勢いと垂直立ち上げを確実に遂行する日本の技術力、そして組織力はもちろん、種々の難問を抱えながらも目標に向けて一丸となって取り組む姿勢は現場でみていて本当に感動ものだ。

そんな巨大なプロジェクトに携わって早3年が経過。目まぐるしく変わる状況に伴う客先との業務の中、自分自身も本当に多くのことを勉強し経験させてもらっている。以前からこのブログにも記述してるが、自分の担当の一つに「消耗部材の現地化」がある。壮大な自動化された生産ラインに必要な部材を日本ではなくアメリカの地場で供給できる体制(インフラ)を構築することだが、この中で見えてきた日本勢だからこそできる可能性を1年以上前に「現場を知って10%の可能性をさがせ!」でまとめてみた。その内容は今でも全く変わっておらず、このあたりをしっかり押さえればチャンスは、まだまだ山のようにあると思うのだが、最近ではそれに加え日本が誇る製造技術もやはり世界最強だと改めて感じることが多い。
特に感心するのは、生産の自動化におけるライン設備とその技術。自分がかかわっている工場で月に数百万本のセルを製造するラインは全自動で1分間に数百本という単位の製品を確実に組み上げていく。大きいものならまだしも小さなものを、そのスピードの中で歩留まりなく確実に自動で組み上げていくための技術は本当に凄いものがある。工程は多岐にわたるのでラインの長さも半端ないが、それぞれの工程を確実にこなしていくために必要となる数万点の部品精度も100分の1ミリレベルが要求される。この100分の1ミリの誤差がちょっとしたラインの継ぎ目に生じるだけで歩留まりに影響が生じるのは必至で、この要求を確実にクリアできる日本の製造部材はやはり世界最高峰であるといえる。もちろんドイツやスイスをはじめヨーロッパ勢にも凄いところはたくさんあるが、そのような製造ラインの要求を的確に捉え、かつ安価で供給できるのは、下請けという体制下で地道に試行錯誤を重ねてきた日本のメーカーならではだと思う。大手では自動化ラインに不可欠とされるLMガイド生産のTHKや自動製造ロボットの世界的企業、不二越などの製品は中国での半導体製造設備やスマートフォーンの量産需要で現在納期が半年以上待ち。世界でどれだけその精度と性能が認められ引っ張りだこなのかがよくわかる。彼らに限らず製造関連設備を販売している日本メーカーはどこも好景気だ。

彼らの製品の部材供給を支える日本の中小町工場も然り。ポイントはその彼らの持つ力を独自に展開できないか?という事。特に自分が実際に現場からの要求に基づいたリサーチから、このような個々の部品の精度や品質だけでなく、日本勢の中小町工場がかなり卓越していると感じるのは総合力だ。
通常(自分の知る限りだけど)、日本の場合には一つの大企業の周りに複数の中小町工場が集結し、向こう三軒両隣状態で親元から出てくる膨大な量の仕事をこなしている。まあこれが見方によれば典型的な下請け体質の温床であり、また一所懸命といった独自の忠誠心を生み出している基盤にもなっているのだが、時として、このような連携を含めた体制がアメリカでは見られない総合力として非常に価値がある。例えば「切削した部材に特殊な表面処理を施し、そこに緩衝材を張り付けて板金のフレームに固定する」みたいな部材の複合アッセンブリの要求を一社に頼めば、向こう三軒両隣を巻き込んで対応してしまうといったサービス受けることができるのだ。

アメリカでも勿論、対応できる会社はあるとは思うけれど、この手の依頼をかなり受け自分も何とか客先の希望である現地での対応を実現するためにリサーチをしているが、正直シリコンバレーにおいて総合的な対応を適正な価格と納期で対応できるところは殆どない。その理由はなにか? 少し例えが違うかもしれないがアメリカの場合、歯医者は、虫歯を治療する歯医者と歯茎を治療する歯医者、矯正をする歯医者は全て異なる。つまり分業が普通。これは多分、専門的な技術や習得の過程においての分業が一般化している点もあると思うが、ポイントは責任の所在の明確化でないからだと思う。製造現場でも然り。例えば精密加工に特殊な表面処理の場合、万が一完成品の公差に問題があったとしたら、それが切削加工精度に起因するのか表面処理のプロセスによるものなのかを明確にすることが難しい。お国柄このあたりの責任の所在の明確化が難しいことを嫌うために多分、分業が明確化しているのではないかと愚考している。

当然アメリカにおいても、特に製造ラインをつかさどる部材に関しては、このような複合アッセンブリが必要な部材の要求は非常に多いはず。そんな対応ができる日本の中小町工場には実際かなりのアドバンテージがあると考えられるのだ。そして、アメリカに比べて圧倒的に工賃の安い(良くも悪くも)日本で信頼のおけるパーツを短納期で入手ができるという事になれば、これはきっとかなりの潜在需要ではないか?
勿論、十分なマーケティングが必要になることは大前提だが、製造技術を支える制度と品質に基づいた総合力にフォーカスしてアメリカの市場をリサーチしてみるのも、この手の対応が可能な企業にとっては有意義かもしれない。そして是非高い志をもって市場参入に挑んでもらいたい!

 

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加速する市場動向と革新に追従できるか?

新年あけましておめでとうございます。
いつもながらの言い訳で申し訳ないですが、今年は後半から本業の忙しさに拍車がかかり、10月以降BLOGをアップできませんでした…ナサケナイ…。でも3年前から携わってきた世界最大の電池工場の立ち上げも大詰めを迎え、その経験から日本の中小町工場が持つ本当の底力や可能性を現場目線で見る事ができるのは、自分のライフワークでもある「モノづくり日本企業の海外第2創業の支援」に物凄いヒントを山のように提供してもらっています。このあたりも今年はこのブログで皆さんと共有したいと考えています。

さて(ここからは「である調」で)、昨年を振り返って物凄く感じたことは、やはり産業と市場の動きの加速感だ。今までEコマースの代表として君臨していたAMAZONがECHOとALEXAを駆使することによって、その勢力を拡大したばかりか月100万台近い生産を必要とする一大ハードウェアメーカーとして確固たる地位をアッという間に築いてきたように、マネタイズまでに時間と投資が必要と思われてきた製造業においても、その勢力の構図や戦略、そしてものづくりの進め方が目まぐるしく変化してきた。中でも特筆すべきは中国の台頭。自動車改革においても中国のEVメーカーであるNIOやSF MOTORSはこちらに巨大なオフィスを構え今年あたりから本格的な市場参入に取り組んでくるだろう。また既にBYDはLA近郊でEVバスの生産を始めているとの話もある。
自分はこのBLOGで今から5年前、ちょうどクラウドファンディングが脚光を浴びてきた頃に試作ビジネスで日本の中小企業がイニシアティブを獲れる!と提言したのだが(「作品を製品にするアセットで再び世界を獲れないか?」というタイトル)、今となっては時すでに遅し。このあたりは全て中国の深センにもっていかれてしまった。深セン市は更に貪欲にシリコンバレーに事務所を設立。こちらのスタートアップの試作支援や、投資家とのマッチングなどを積極的に展開している。日本の行政でも福岡などが未だに事務所を構えているようだが一体何をしているんだろう??話を聞いたことすらない…。
悠長な余裕など全くない。とにかく加速していく市場に追従するスピード感を持つことが不可欠になっているのだ。

そんな中、昨年も数々の日本の中小企業や、製造メーカーの皆さんにお会いしてきたのだが、相変わらず感じる事は、ここで何度も触れてきている「それなりに忙しく儲かっている」という危機感の無さだ。2020年のオリンピック景気や中国の半導体需要に伴う製造設備の需要拡大でどの会社も景気が良いのは事実。THKの部品などは納期が1年以上が当たり前のようだ(そんな先に本当に需要はあるの??)。ただ2020年以降のオリンピック需要が無くなった後はどうなるのだろうか?中国の半導体需要も、それを支える製造設備の内製化が急激に進んでくることも必至だ。そうなったときの事を考えると、今だからこそ、5年後10年後を見据えたプランの構築が必要だと思えてくる。そして、そのプランのターゲットは間違いなく国内需要ではなく景気のカギを握るアメリカや中国ではないかと思えてならない。少なくとも、いい加減、そういう意識でビジネスを考えてほしいものだ。

昨年末に第2弾が放映され年始の特別番組でフィナーレを迎えた「下町ロケット」。相変わらず胸のすくような出来栄えで見ごたえ抜群だったのだが、題名の「ヤタガラズ」に採用されたバルブは、この先いつ商用化につながるか分からない国産の衛星ビジネスにとどまるのではなく、いま一番衛星を飛ばしているアメリカ企業、その雄たるSPACE Xや、それに続く衛星打ち上げ数を誇る中国の衛星ビジネス関連企業に是非売り込んでもらいたいところだ。できれば番組でも、娘の海外への転職だけではなく、そこまでの展開を具体化してくれたら本当の意味で海外に羽ばたこうとする中小町工場が増えてくれるのではないかと思った。

さて、話にまとまりが無く恐縮だが、そのついでに昨年自分の中で最も刺さった言葉を紹介しておこう。確かブロードバンドタワーの藤原CEOのFACEBOOKの投稿で見受たのだが、金沢の何百年も続く伝統工芸の継承者の、

 「伝統とは革新の連続なり」

という一言。伝統を維持する事は、常に新しい技術だけでなく市場も考え、絶えず自分たちの持つ技法や製品を革新していく事によってはじめて継続することが出来るという意味だと自分は解釈した。これこそ正にイノベーションの原点ではないか!シリコンバレーを見ていると自分たちの持つベースをどんどん革新/昇華させる事によって新しい市場創出や産業発展が起こってきている。産業で言えば老舗のIBMやGEが未だにその威厳を保っているのは、新陳代謝を繰り返し革新を続けてきたからではないかと思う。
日本の中小町工場も「オンリーワンのものづくり」や標榜する「匠の技」に革新が無ければ間違いなく生き残れない時代に来ている。そこも含めて自分の希望としては、2019年は是非、この加速を続ける時代の流れに追従する意識を持って来るべき大激動時代に乗り出してもらいたいと思う。

 

 

 

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住宅を例に挙げたってチャンスは無限大!

少し前にシリコンバレーにて住宅建設業界に新風を巻き起こすべく、起業をしたHOMMA,IncのCEO本間君の講演を聞いた。ミッションとコンセプトは非常に明瞭。電話や車がお目見えしてから100年でスマートフォンやEVまで昇華しているのに、家は何がかわったの?というところからスタートし現在のテクノロジーや生活習慣にマッチした住宅のスタイルやあり方、そしてITを駆使することによる居住空間としての利便性と快適さを追求した新しい住宅建設がゴールだ。正直なところ、当初はIOTによって構築されたネットワークとそれに繋がる設備や家具などをフル活用し、それをベースにした新たなスマートホームの実現をMISSIONとしたビジネスと解釈していたのだが、それがここに来て、そのベースを踏襲しながら日本の建築業界や家電メーカーをも巻き込んだ新たなハードウェアビジネスに展開しつつある事に非常に興味を持つと同時に大きな可能性を感じた。

アメリカで家(特にキッチン)をリモデルした経験がある人なら誰でも、こちらで扱われている建材の質の悪さや精度の無さ、特にキッチンでは水回りをはじめ、キャビネットの恐ろしいほどの収納スペースの無駄、そして手際や効率に配慮していないデザインに幻滅した経験があるのではないかと思う。自分も数年前にキッチンを改造して、その値段の割に機能的でないキャビネットのデザインや応用の効かない建具の数々に本当にがっかりした記憶が鮮明だ。そんな時、日本のPanasonic Homes、YAMAHAやTOTOなどの収納キッチンのPRをみて、その無駄の無さと使い勝手の良さ、そして隅々の空間まで調味料などが置ける収納の素晴らしさに「何で、これら日本のものが手に入らないのだろう???」と本当に悔しい思いをした経験がある(結局使えない収納キャビネットに大枚をはたくしかなかったのが現実…)。

また家電製品についてもしかり。自分自身はこの問題提起を何と2012年の8月に投稿しているんだけど今現在でも日本のそれは、機能の工夫と利便性で本当に素晴らしいと思う。煙の出ない電子オーブンを皮切りに、信じられない美味さのお米が炊ける炊飯器。アレルゲンが除去できるエアコン等々、痺れる商品が山のようにある。そして素朴な疑問、

 何でこんな優れものがアメリカで手に入らないの???

自身も、このブログで投稿したが2013年からは三菱のインバーターエアコンの工場立ち上げに参画。2016年にはPANASONICのメキシコに換気扇の工場進出のプロジェクトに携わった。各部屋ごとの温度調整を可能にしセントラル空調に真っ向から対決を挑んだインバーターエアコンは瞬く間に浸透し月産数万台規模にまで成長。また圧倒的に音の静かな換気扇も今まで換気扇は音がうるさいものだという認識のあったアメリカで着実に実績を伸ばしている。このような例は本当に氷山の一角で、まだまだ優れた商品は山のようにあるはずだ。そしてシリコンバレーを例にあげれば、ここ数年の好景気による人口の急増で夥しい数のマンションや住宅建設が進んでいるが、メインの購買層は中国やインドを中心としたアセアン諸国からの移住者だ。彼らは自国での生活で日本製(最近は韓国中国勢が主流かもしれないけど)の白物家電、空調設備の素晴らしさを十分理解しているはずで、製品がすんなり受け入れられるのは間違いないだろう。

確かに製造メーカーのやる気が一番重要。そう考えると今まで何もせず、言い方を変えれば、上述したマーケットの昨今の状況などをしっかりリサーチすらしていない大手メーカーには可能性はないかもしれない。それでも今回のHOMMA,Incでは、そのモデルハウスに日本気鋭の住宅関連メーカーが参画し自社の製品を提供。その素晴らしさを実際に体感できる事で、認知度がかなり高まる可能性は十分だ。

ここからは自分の希望的な意見だが せっかくだから海外進出を上手く果たせないメーカーは、このような新しい改革を海外で実行している実力派スタートアップのアクションの素晴らしさを真摯に受け止め、彼らの力を借りて上手くコラボすることをお勧めしたい。 そして、建設をはじめとした住の分野でも日本の持つ素晴らしさの提供を実現できる機会創出の拠点という位置づけとしてHOMMA,Incには是非、大成功してもらいたいと思う。

また、前述したように昔から主張している事だけど、この機会に家電で言えば日本やアジアのみで既得権を得た大手ではなくアイリスオーヤマや少数気鋭で素晴らしい製品を作り出しているバルミューダのようなアグレッシブな新興メーカー、そして新素材や建具を扱う中小メーカーにも是非とも真剣にグローバル化の矛先としてアメリカでのリサーチなどスタートしてもらえればと思う。今のシリコンバレー、特にイーストベイやサウスベイで進んでいる圧倒的な数のコンドミニアムや住宅の建設現場を見れば、新興メーカーや気概のある中小メーカーなら間違いなく闘志がわいてくるはずだ(と思いたい)!

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国内に限定する状況を憂う

本業であるプロジェクトベースの資材調達ではアメリカに進出した日系メーカーの製造プロセスに使用、もしくは関係する商材を日本中のベンダーから調達している。勿論アメリカへ既に代理店や進出をしている企業のものもあれば中小メーカーの品々も多い。それぞれ日本に於いて既に実績のある、もしくは使い勝手がよくアメリカでは同等品が手に入らないものが殆どだ。そのような依頼を見ていると如何に日本の製品が優れているか、特に製造プロセスに関して言うと綺羅星のようなアイデアや工夫でアメリカの感覚では「なかなか考えられないだろうな」的な商品も数多い。例えばミツトヨに代表される測定器や、耐久性や精度を要求される圧力計などの計器類、また、ちょっとした用途で使用する工具や老舗のタキゲンが得意とする蝶番やファスナー類なども本当に優れモノが多い。これらは既に知名度を得ていたり既に進出を果たしているメーカーのみならず、中小町工場の持つ商品でも同じ事が言える。そんな数々の商材の調達で、都度指定されたメーカーにコンタクトを取っているのだが…

「弊社の商品は海外への販売はしません」
「弊社は海外との直取引はしません」

という会社が実に多いのだ!!!勿論「国内の商社を通してくれ」という会社もあるが、それらを含めると正直なところ、大体8割ぐらいがそんな感じ…。

確かに、お金の回収や製品の出荷、サービス対応の問題など海外との取引にかかわるリスクは考えられなくもない。加えて少ない需要に対して海外との取引の為に特別な人員の配置や分掌も必要になるかもしれない(間違いなくこのあたりがその理由だろう)。もしくは日本国内で十分に売り上げも確保できているので、あえて海外に販売をする必要も無いのかもしれない。

しかしながら製品が海外でも販売できるというのは、ものすごいチャンスとなる可能性がある。もしかしたら新しい海外における需要、そして国内の何倍もの売り上げにつながるかもしれないのだが、このような商機に対応ができない企業が多いのは本当に残念な気がする。
ちなみに自分は消耗品などを中心に同じような引き合いを韓国や台湾などの企業に出すことがあるのだが、彼らの場合、殆どの場合一つ返事でOKがくる。海外への展開に関しても積極的で、しっかりそのような体制づくりもできているのであろう。このあたりの状況が日本を除くアジア勢の好況にもつながっているような気がする。

私が元務めていた会社は神奈川県の町工場だ。そこのオリジナル商品がヒットし海外からの引き合いが増えてきた。勿論、最初は海外の販売など毛頭考えていなかったのだが、そこに商機を見出し最初は日本の大手商社と契約して海外販売の基本を勉強した。需要が増えてきたところで、アジアを中心に独自の支店設立を展開し業績を伸ばしてきた。その会社の先鋒として私自身もアメリカに赴任。90年代は市場開拓に奔走。勿論、会社の業績を伸ばすことが目的だったが自身の経験やアメリカでの組織運営など本当に勉強になった。これは会社にとっても貴重な財産になったと思う。それだけでなく製品自身も海外の需要に応えながらローカライズし遠隔地でのサービスを考慮した結果、品質や性能も向上した。この蓄積が新たにグローバル企業としての成功にもつながったのだと思う。

勿論、上記に挙げた理由のように各社それぞれの言い分はあるだろう。また海外企業や顧客との取引は当然色々なリスクが伴う事も事実だ。しかしながら最初は商社や代理店を経由しながらでも少しづつ実績を増やしていけば、自社製品の海外における位置づけも把握できるし、海外事業展開への可能性も見いだせるはずだ。サービス面での対応や出荷費用の問題など、新たに発生する事も多いと思うし実際には難しい局面もあるかもしれない。でもやってみなければ分からないし駄目であれば諦めればよい。
今ではJETROをはじめとして海外事業展開をしっかりサポートしてくれる機関も多いので、そのようなところを利用してみるのも一案だろう。
市場はやはり自ら獲りに行くのが原則、先ず「引き合いが来たら、とりあえず海外への販売をスタートしてみる」。という意識をぜひ持ってほしいと思うのだ。

かつてSONYは、1960年代にトランジスターラジオを武器にアメリカ市場に乗り出して成功をおさめ今の礎をつくった。HONDAも世界に進出すべくヨーロッパの著名なオートバイのレースに参戦。アメリカでは低燃費のCVCCエンジンで厳しい規制をクリアして市場参入し今の日本車の地位を確立した。
勿論、大企業のチャレンジに倣えとは言わないが、もしかしたら、このように大成功を収める可能性のある商品やサービスもあるかもしれない。是非ともリスクを恐れず海外に飛び出す志を持ってほしいと思うのだ。

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