大先輩でいつも刺激を頂いている校條浩さんの近著「演繹革命」を遅ればせながら読了。いやいや、なかなか考えさせられることが多い、というか自分の経験からも「その通りだ」と同意できる内容が満載で色々思うところが多く、そのあたりをまとめてみた。
先ず、校條さんが大企業時代に経験した事は中小企業(というか町工場)に勤務していた自分と全く同じ。自分の場合は若いころにアメリカに駐在員として派遣されたので、こちらの最先端のマーケティングや製造を取り巻く環境等、自分の今までの経験が全てディスラプトされるほどの衝撃で、それを都度、日本に報告しても、当時ベンチャー企業(1980年代の表現。今でいうスタートアップ)の雄として脚光を浴びていたにも関わらず、ガチガチの保守体制の本社には響くどころか「そんな下らん事に時間使う暇あるなら1件でも多く客先回れ!」みたいな、「この広いアメリカで足で稼がないといけないの?」を強要されて、そんなギャップの間で苛まれていた自分と正に被った感が印象的だった(勿論、会社の規模や地位も全然違い失礼かと思いますが^^;;;)。
そして、ここで書かれている内容は大企業は元より、まさにこの先、益々危機感が高まる中小町工場の経営者にとっては正に必読の一冊だと強烈に感じた。以前から事あるごとに自分なりの表現で言えば「持続的イノベーション」ではなく「革新的イノベーション」の必要性を講演会などで訴えてきたのだが、これは、この著書に書かれている「帰納法」と「演繹法」と同じような事だと(自分なりにです)理解した。持続的イノベーションとは簡単に言えば、年商10億円、従業員30人の中小町工場があるとすれば、5年後も同じ10億円の売り上げを確保し、既存の従業員とその家族の生活を維持していければOK!という考え。特に安定感のある大企業の協力工場(下請け)や失礼な言い方だが2代目以降の経営者にその傾向が顕著で、いままで行政のアドバイザーとして多くの中小町工場の経営者に会ってきたけど、ほぼ100%が、この類の持続的イノベーションの経営方針だった。これに対して革新的イノベーションとは、同じ年商10億円、従業員30人の中小町工場が、先ず10億円の売り上げの利益から少なくとも例えば20%を新規事業開発に充て自社の製品や製造技術をもって新規市場のR&Dを行い5年後の売り上げ計画を一挙に倍の20憶に持っていこうという考え。当然、従業員への利益の分配も減らしてしまうため、その理解をしてもらう事が肝要だが、うまく新規事業開発ができれば、従業員への還元も圧倒的に増えることになる。残念ながらこのような革新的イノベーションの考えを持つ中小町工場は皆無に等しかった。それは、親元の大手企業から「そんな余裕あるならもっとコスト下げろ!」と圧力があったり、大手の下請けとしてぶら下がっていれば、物価が安く医療費等生活コストも安定している日本では十分生活ができてしまう、おまけに困ったときは容易に行政の補助金が活用できる!という現状がある事も大きな要因だろう。しかし、これが将来的に確保できない状況がもう迫っている。今回のトランプ政権による関税政策による日本の自動車産業への影響は衝撃的で、例えば来年3月のTOYOTAの業績見通しで利益35%減の予想や、日産の追浜、湘南工場閉鎖のニュース(2000社近い協力工場に影響!?)をみれば、当然これは同社の協力会社にも波及するわけで、持続的イノベーションでは表現が良いかはわからないが、アメリカのような市場の大国がいきなり規制を変えただけで、もはや行政の補助など全く効果なく、あっという間に経営が崩壊してしまう可能性が、この先も十分にあるという事だ。
この状況をどう考えるか?やはりピンチをチャンスに変える柔軟な発想を先ず前提に、これを機会に革新的イノベーション、演繹思考に少しでも舵を切れないか?と考える。これも講演会などでいつも主張している事だが中小町工場は少なくとも長年培われた製造技術や自社製品というポテンシャルがある。つまり1を持っている訳だ。今はやりのスタートアップは先ずこの1を作るところから始まる。つまり良く言われる0→1思考が前提だが、出来たとしても1にしか過ぎない。既に1を持っている中小町工場は、それを1→10にする方がはるかに可能性も高いし実現性も有ると思うのだが、如何であろうか??
過去に何社か紹介したことがあるが、その中の成功例を、また紹介しよう。
茨城県に工場をもつN技研。現在は2代目が社長を務めているが、元々先代が創業した事業はコネクターの端子などを製造する抜き打ち加工メーカーだった。抜き打ちされる小部品は未だに価格何銭の世界で利益確保のためには、かなりの量産が必要だ。当然、抜き打つ為の金型の寿命や製品の精度が製品価格に影響する。そのため技術屋だった先代は、より効率よく精度が良く寿命の長い金型の開発に専念し、それを完成させる事によって、何銭の世界の極小の売り上げの中からしっかり利益を確保することに成功した。そしてその精度よく微細な部品もバリも出さず抜き打ちが可能な金型技術に目を付けた2代目の現社長が、それを90年代以降急速に需要の高まった液晶パネル用フィルムの裁断に可能性を見出しR&Dを重ねた上に応用して裁断用の高性能な金型を開発。ご存じのように数枚のフィルムの間を電子が行き交い画像を映し出す液晶パネルはフィルム同士の間にバリがあってショートしてしまうと不良品になってしまうが、これをバリを出さずに確実に効率的に裁断できる同社の金型は業界で脚光を浴び大成功を収めた。かつて人気を博したC社のGショックに使われてる異形の液晶パネルの裁断は殆どが同社の金型によるものだ。そして2000年代に入りリチウムイオン電池の需要が急速に高まると、同じ原理で数枚のフィルムを積層する構造のリチウムイオン電池でも同じようにバリによるショートは不良品どころか爆発を誘因する可能性も有り絶対に許されない電極の裁断に再び同社の金型と製造技術が脚光を浴び、今ではテスラや欧米のBMWを始めとした世界中の大手自動車メーカーの電池開発部門からの注文が集まっている。
少なくともこのような可能性は、電子立国だった日本を支えてきた中小町工場には必ずあると自分は考えている。残念ながら、この自分の主張は大分前から同じことを訴えてはいるが、このブログす定期期的に投稿できていない状況で、昨今では、こんな本音ばかり言うものだから、大分敬遠されて(^^;;)日本での講演も大分少なくなってしまったが、同じ思いが「演繹革命」には、より明確に具体的に、そして手法までもバッチリ記載されている。自分の舌代と言ったら余りにも失礼だが、特に中小町工場の経営者には是非目を通していただきたいと思う1冊だ!
Archive for 05/09/2025
「演繹革命」を読了して考えた事
Category: Uncategorized |
米)BEANS International Corporation代表。 神奈川県出身。1988年に渡米。10年間の駐在員経験のあと1999年に独立しシリコンバレーにて起業。同地で一貫して次世代産業を支える製造業関連の仕事を継続し現在に至る。